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逢瀬 4

「あんな」  ビールから焼酎にかえて2杯ほど杯を重ねた男の顔はほんのり上気していた。普通の男が見ればただの酔った顔でしかないだろうが、自分にとっては充分扇情的だ。目じりの赤味が疼きを生み出す。  自分から口をひらいたくせに、その後を続けない。俺は「どうした?」と聞いてやるようなキャラクターではない。そんな風に装ってきて今更優しい言葉をかける男に変わることは、気まずさを生むだけだ。だから何も言わない。何を言い淀んでいるのだろう。不安がジワリと忍び寄る。 「……実は……喧嘩してん」 「誰と?」 「誰て……莉緒と」  『莉緒』俺を不機嫌にさせる嫁の名前だ。喧嘩するのは結構だが、喧嘩になった理由も顛末も聞きたくない。僅かによった眉間の皺を見たのだろう。視線が外される。 「ごめん」 「謝られると、逆に腹が立つのは何故だろうな」 「……だからごめんて」  さっきと同じ。助け舟はださない。先を促すことは絶対にしてやらない。嫁が絡んでいるなら尚更だ。男の嫉妬は醜く、強くて重いものだ。口を閉じていないと余計な事を言ってしまう。 「今日は、家に帰らん言うてきてん」 「ふっ」  押さえつけるはずが、勝手に頬が緩む。承諾の言葉はお預けだ。スマホを取り出しホテルに連絡をする。 「本日宿泊予定の者ですが、シングルで予約をしております。ダブルのシングルユースに変更は可能でしょうか。スーペリアかデラックスに空はありますか?」  はっとしたように顔があげられ俺の視線とぶつかった。そっと肩に片手を置いて席を立つ。 店内で電話は無粋だし、ホテルの予約だから人に聞かせる類のものではない。  二人分の宿泊費を払うことに問題はないが、今回は「取材」名目で経費は出版社もちだ。シングルユースにしておかないと後々面倒だ。  それに、俺達は互いのフルネームを知らない。「和泉」と「せい」で充分事足りる。二人でいるぶんには呼び合うことも少ない。  俺がそう提案した。家庭を持っている男のことなど知らないほうがずっといい。後腐れのない関係であれば尚更だ。  そのはずだった。しかし本当は名前を知りたい……これが本音だ。

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