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逢瀬 10
身支度を終えベッドの端に腰かけた。見下ろす先はまだベッドの中で裸のままの男。金曜の夜から日曜の今朝まで、搾るだけ搾り取ったのだから疲労困憊だろう。
とろんとボンヤリ開けられた瞳は俺を見ているようだが覚束ないものだ。頬に親指をのせて目尻のほうに滑らせる。
「チェックアウトは12:00にしておいた。それまで寝ていればいい」
「……帰るのか」
「ああ、さすがにな。今日は家に帰るだろう?」
「……たぶん」
「いいか?帰ったら嘘はつかないほうがいい。男は嘘が下手で、女は嘘を見破るのが巧いから勝てる見込みはないぞ」
「どういう意味?」
「嘘をつこうとするから嘘になる。「この2日どこにいたの?」そう聞かれて、友達の所、同僚の所と言ったら100%嘘だし裏をとられたら完全にアウトだ。まだ「ホテルに泊まった」このほうがましだろう?少なくとも嘘ではない」
むくりと起き上がり、ちゃんと俺と向かい合うように体勢を変えた。
「今回の模範解答は『半年前の出張で知り合いになった男がいてね。タイミングよくこっちに仕事できたんだよ。だからホテルに居候させてもらった。話をきいてもらって頭を冷やすことができたよ、悪かったな』
そう言えば問題はない。嘘はひとつも入っていないから、罪悪感もないし挙動不審になることもない」
「せい、お前はそうやって俺に嘘をついているってことか?」
「だから嘘ではないだろう?つまらない嘘をつくぐらいなら苛めるほうがずっといい」
「あかんやろ、それ」
親指と人差し指で強く顎を掴むと、しまったという顔をする。
「俺が嫌がるのが楽しいか?多少聞きやすい言葉になったと思ったのに油断すればこの様だ」
「……ごめんって」
そろそろ出なくてはならない時間だ。そうだな、最後にもう一つくらい告白をしてやろうか。
「『凍月』の皓月はアメリカの男をギャフンとさせたか?」
「なに言って……って。まさかせいも読んだとか?」
「読者として読んだわけではないが、何度も読み返したな」
顔中を疑問だらけにして、俺の腕を掴んだ。ちゃんと説明しないと離さないぞと言わんばかりだ。
「『有末 静』だろう?」
「作者がその名前だ」
「俺の名前は?」
「せい。え!まさか!」
「「有末 静」の処女作は?いってみろ」
「『てのひら』……だ」
疑問だらけの視線に力が宿る。ようやく合点したか。
「『てのひら』の登場人物、佐々木晶、そしてもう一人は?」
「……和泉」
「俺達はまだ出会う前から、お互いを追い求めていたと思わないか?少なくとも俺はそうだと言える。
まだ知らない和泉という人間を小説に登場させているのだから。偶然にしては出来すぎじゃないか?」
「まさか……せいが有末静だなんて」
「まだ逢っていない宏之を夢にみる碧仁と同じじゃないか。俺達は繋がっているんだよ、ずっと前から、そしてこの先も。
どうして俺をホテルに誘った?飲みなおすなら別の店でもよかったはずだ」
「……わからない」
「確かにホテルの部屋で缶ビールを開けた。しかし空になる前に仕掛けた俺のキスに抵抗しなかっただろう。
そしてあとはなし崩しだ。結婚している一見ノーマルの男のくせに。何故だ?」
「嫌じゃなかった」
「そういうことだよ、和泉。俺たちは出逢うべくして出逢いこれからも続いていく。お互いジタバタするだろう。
何せ俺はこんな性格だし、和泉は家庭持ちだからな。
恥ずかしい告白はこれまでだ。さすがに空港に向かわなければ」
「そんな!せい、待てって」
強く握られた腕から指を引きはがす。あと一日滞在をのばしても調整は可能だが、ここで踏みとどまる必要がある。新しい快楽を覚えた次には宿題が必要だ。それは「飢餓感」
俺を欲しがって泣けばいい。
腕から離れた手の甲に唇を落す。
「秘密を打ち明けたら、素直に和泉と呼べるのが不思議だな。俺に逢いたくなったら「逢いたい」と連絡すること。それを聞くまで俺はここにはこない」
「どうして……」
「この半年、随分和泉を甘やかしたからね。次はお前の番だ。俺を欲しがって懇願しろ。
我慢するだけ我慢して、気が狂いそうになったら泣きを入れればいい。
耐えるだけ耐えておかしくなりそうになった時に俺を呼ぶんだ。
渇きが満たされ、癒しと快楽に巡り合える。できるね?和泉」
必死に何か言おうとしているが、内に対立する葛藤のせいで言葉がでないのだろう。
別に言葉が聞きたいわけではない。この顔が見られただけで収穫だ。
家族と過ごし、ベッドに横たわった時、このホテルでの出来事を思い浮かべればいい。
通勤のときに開く本のページを繰るたびに俺の顔が浮かぶだろう。
嫁にフェラをされても、SEXをしても、そこにあるのは俺の存在だ。
そういうことだよ和泉。もう逃げられない、そういうことだ。
「我慢して、耐えて、泣けばいい。そして俺が欲しいと悲鳴をあげろ。
そんなお前を待っている」
頬にかるくキスを落とし立ち上がった。振り返ることなくドアに向かう。「せい」とか細い声が聞こえたような気がしたが、それでも振り返らずにドアを開けた。
俺の存在で塗りつぶしてやる。溺れて窒息しそうな苦しみのなかで俺の手をつかめばいい。その時は一緒に溺れてしまえばいいことだ。
我慢して、耐えて泣くのは和泉だけではない。俺だって同じなのだから。
END
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お付き合いいただきましてありがとうございます。
3話ぐらいで終わらせるつもりが、いつものようにブクブク膨れ上がり10話になってしまいました。
和泉さんの名前が偶然自分の書いた『てのひら』の登場人物と同じだったので、これをどこかに入れちゃおう。それだけ決めて書いたのですが、結局最後の最後まで出せずじまい。うっかりスルーしそうになって焦りました。
せい
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