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スイッチ /和泉莉緒
「なぁ。最近、ドキドキしなくないか?」
社外の打ち合わせからの帰りやった。
地下に停めた車から降りるなり、同期の須永がいきなり言い出した。
「はぁっ?おまえソレ、何の話やねん?」
「あのさ。この前スマホで、チラッと見てみた訳よ。」
―この顔、この声のひそめよう…たぶんエロいサイトの話やろな。
「コソコソ動画見るって、おまえは、中学生か?」
「そーそー!中学生とかもあってさ~。もう全部まる見えな訳さ。」
―こら、チラッと見たというより、3日間欠かさずチェックした、ってノリやな。
てか、コイツ、ロリコンやったんか…。
内心軽くヒキながらも、一応訊いてみた。
「で?…結局、何が言いたいねん?」
「……俺、動画はダメだわー。声だけでいい。何なら、着たままでも、イケる!」
「おまえは、マニアなおっさんかっ!?」
思わずツッコんだ。
「いや、でもさ?あんなにずーっと見えてると、時々目を逸らしたくなるというか。見えるかどうか、みたいなギリギリに興奮するというか…。」
「あー、なるほどな。レースのキャミからのチラ見えとか、太股がフレームぎり…とか、そういう感じか?」
「そうそう!次はチラッと映るかな?って期待するドキドキが堪らんのや。わかってくれるかっ!?」
「あー、まあな…。」
テンション上がったままの須永は、喉でも渇いたんか
エレベーターの前を突っ切って、その向こうの自販機コーナーへ入って行った。
―そう言うたら、オレも、そうかもな…。
エレベーターの手前で足が停まる。
―声だけで、ヤバいもんな。
『もう硬くなっているのか。』
とか耳元で言うねんで?
―普通は、単なるヘンタイさんで終いやんなー?
それがあの声やとなると…。
―わっっ!!アカン!
「おい、どこ行ったんや?和泉…?」
さっきの話の続きがしたいらしい須永が、自販機の陰から、ヒョイと顔を出した。
咄嗟にオレは、腹を押さえるフリをしてみせた。
「ちょ!なんや腹痛いわ…。トイレ行くから、先に上がっとけや。」
「おー。なるべく早く戻って来いよ?」
―はぁ。
『本当に。驚くほど、敏感な身体だ。』
―あのエロ作家めっ!!
個室に籠ったオレは、歯がみした。
―ずっと、淡泊、やってんで?
そやのに……今さら、こん・なん。
どやさ?
少しふざけて気が抜けたところへ
頭の中の指が、舌が、どんどんオレを追い詰める。
「っあ!」
脱力感の中、本気で天井を睨んだ。
―困るわ、マジで。
自慰って。
自分で慰めるってかくけどな
この場合の、慰めって、何やろか。
『大丈夫だ』
―ほんまにか?
なんや、あの日からオレん中に、オレも知らんオレがおるみたいでな
それが怖ぁて、落ち着かんで、1人ではどないにも出来んで困ってるねん。
―ホンマに、ナニがどないなってしもたんや!?
誰にも言えへん気持ちが、また思い出させる。
『逢いたい、と連絡する事。それを聞くまで俺はここにはこない』
―ほな。
逢いたい、て言うたら、来てくれる、てことなんか…?
洗面台の鏡に映った顔は、別人みたいに情けなかった。
「せい…。」
苦しい気持ちのまま、事務所へ戻った。
「おい、顔色悪いで。」
「ああ、ちょっとな…」
スイッチの具合が、ちょっとおかしなってるねん。
―そろそろ、ギブかいな。
ポケットの中のスマホに、ソッと指を滑らせた。
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