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胆 /和泉莉緒

「パパ!お帰りー♪」 玄関をあけたすぐそこに、嫁と息子の顔が並んでいた。 「た…ただいま。」 滅多に無いことに、和泉は戸惑いを隠せなかった。 「なんや、2人して。どないしたん?」 「どないしてん?はこっちのセリフやわ。」 「へ?」 嫁の言葉に、首をかしげた。 ―あの目付き。 一体何があったんや? 罪悪感が密かに不安を煽る。 「パパにもサンタさん、来たみたいだよ。よかったね。」 ニコニコ話す息子にも 「はあ…サンタさん?」 マヌケな返事しか返せない。 「はい、コレ。今朝届いたんよ。」 ドンと食卓へ置かれた箱は、完璧なギフト仕様に包装されていた。 「なんや、その箱。」 ネクタイを外しながら、顎をしゃくった。 「はぁっ!?今の時期届くいうたら、アレやないの!お・歳・暮っ!!」 「へぇ。お歳暮か。って、どっからや?」 和泉家には、親戚に贈答する習慣がない。友人、知人からも、歳暮など受け取った例がなかった。 「わざわざ、札幌からやで。」 「はあっ!?さ、札幌からっ!?」 背筋がザワザワした。 その地名で思い当たるのは、たった1人。 「まさか、アイツが!?あのアホ、一体何考えてんねんっ!?」 思わず出た一言は、すかさず莉緒にたしなめられる。 「ちょっと!なんやの、その失礼な言い方は。」 「ぇ。いや、あの…そや!たぶんコイツ、高校ん時の同級生?、やねん。」 ぎこちない笑いを浮かべつつ、嘘八百を並べたてる。 ―年上の同級生か。 あの男には、黒がよく似合う。リアルな詰襟姿が脳裏を過り、更に落ち着かない気分にさせられた。 「誰でもええけど。ちゃんと、御礼言わなアカンでしょ!?」 はい、と息子の手で目の前に差し出されたのは電話の子機。 「御礼?…電話でか?」 「当たり前やん。送っていただいた物が今朝届きました。ありがとうございます。そない言うのが、常識ちゃうの?」 「別に、今でのうても…また、明日言うとくし。」 クラクラする頭で、何とか回避しようともがくが、母親のような容赦無い一言が降ってきた。 「そない言うて!アンタはすぐに忘れるやろ?」 ほら、と強引に押し付けられた子機を見て、和泉は固まった。 「ぃ、いや、ちょっと待てや。まずは、中身見て、それからやろ?」 「それもそうやね。」 ホッとしたのも束の間。 「じゃあ、ぼくがあけてもいい?」 今度は無邪気な息子の言葉にギクッとした。 「あー、ほな今からパパと開けて見よか。あぁ、莉緒、オレ腹へってんねん。何か食わせてや。」 こう言えば、嫁は一旦キッチンに向かうだろう。 「味噌汁、温めとくわ。その間に開けて、ササッと片付けて。悠真、パパのお手伝いしたげてな。」 「はーい」 「そんでも、電話するときは、絶対私もおるところでしてな?一言お礼いうときたいし。」 「!!」 ―なんやて!? 叫ばなかった自分を誉めてやりたい。 和泉は口を押さえたまま必死で考えた。 莉緒に静と話させるのは、まずい。 ―何を言い出すか、わからへんもんな。 大阪人のバイタリティーは、時に恐ろしいまでの破壊力を発揮することを、和泉は身に沁みて知っていた。 ―ヘタしたらオレ、死んでまうで。 しかし、嫁は一度言い出したらきかない性分だ。 ―はっ!! せいと同じや!? 恋人と嫁、まさかのキャラ被りが判明した所で、息子が包装を取り終え、蓋を開けた。 「おい、莉緒。日本の名湯セットやて。」 「へえー。これからの季節にピッタリやん。たっくんの同級生、気のつくええ人やね。」 「そやな。」 あの男はイヤミな位、全てにおいてヌカリが無い。 たとえそれが、自分の嫁に対してであっても。 ―いつでも、どこでも。せいは、せい、やねんな。 呆れを通り越した気持ちが、苦笑になる。 「それ、洗面所の棚に入れといて。」 「はぁい!!」 すぐさま小さな手が小分けになった箱を3つほど抱えた。 「パパ。その青いのも、ここに乗せて!」 「はいはい。」 乗せてやろうと、手に持った瞬間、違和感に気付いた。 ―なんや、コレ? 確認するため、なに食わぬ顔で、もう1つ箱を手に取った。 ―やっぱり!! 息子の作業を手伝ってやりながら、そっと箱の表の字を見た。 ―登別か、…なるほど。 隙間からコッソリ中部を見てみた。 ―テカリのある布地? しかも、紺? 「たっくん。味噌汁、温まったで?」 いきなり後ろからかかった嫁の声。 一気に、和泉の肝が冷えた。 「ぁ、…ああ。」 ぎこちない動きで、箱を棚に置く。 「私、今から悠真とお風呂入るわ。」 「ふん、わかった。」 「里芋とイカの炊いたんも、出しといたから、食べといてな。」 「…さんきゅ。」 背中を向けて脱ぎ出した嫁を見ていて、何となく閃いた。 ―たぶん、下着やな。 青い箱の中身をそう推測すると、和泉は静かに棚の戸を閉めた。 ―後で中身、抜いとこ。 ほんでも、なんで、こんなこと…。 アイツの考えることは、オレにはまるで解らん。 のし紙まで貼り付けた箱を見て、顔をしかめる。 あの男が自分で包装したに違いない紙を丸めて、勢いよくゴミ箱へ突っ込んだ。 イミフメイやで…せい。 家族のいる我が家のリビングでまで、自己主張する。 やっと男の意図に気付いた和泉は、ため息とともに、味噌汁を飲み込んだのだった。

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