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酔 /和泉莉緒

うーん。 寝ながら思い切り伸びをした。 そして、肌に当たる布地の感じにギョッとなったオレは、おそるおそる目を開けた。 ―うわ! 今朝出たホテルとは、天井も違う。 ―なんで? なんでオレ、こんなとこでパンイチで寝てるんや…? 起き抜けの頭をフル回転させたけど、何にも思い出されへん…。 取り敢えず、近くに見えたTシャツを取ろうと腕をそろっと動かしたところで、固まった。 「え?」 ―なんか居る。 誰や!? 飛び起きて振り返った、そこには、バスローブ姿で寛ぐ男。 「やっと起きたな。」 穏やかに微笑んで、グラスを傾けとる。 「え。あ…はい。」 「どうして、正座?」 「いえ、あの…ちょっと状況を整理させていただきたいと思いまして。」 いっぺんも、見たことない顔やった。 彫りが深いというか…ちょっと外人さんっぽい? 「なるほどね。」 フッと笑ったタレ目を見て、特に悪いヤツや無さそうやと感じた。 「それで。あの、非常に失礼やと思うんですが。ソチラは、あのー、どなたさん、…でしたっけ?」 「っ!?」 しどろもどろ、冷や汗をかきつつ訊ねるオレに、目を丸くした相手は、2秒後、盛大に噴き出して笑い始めた。 「クククッ、マジおもしれー!つか、さっきとは、まったくの別人だな?」 一頻り爆笑された後、こう告げられた。 「俺は、あんたと同じ店で飲んでた客だ。伊佐木っていう。あんたは?」 「…拓真です。」 名字にも名前にもあるよな名前で良かった、なんて生まれて初めて思った。 「そうそう、タクマな。何だかさ、偶然?俺と頼んだ物が一緒でさ、気が合っちゃって。呑みながら、色々話して、で…」 「で?」 なんや、ものっ凄いイヤな予感がした。 「酔っ払って。宿泊先のホテルが分からないって言うから。ウチへ連れて来たって訳。」 ―は? 連れてきた?? バスローブからのぞく伊佐木の胸板は、筋肉がバッチリついとる。いわゆるガチムチ、という系統? オレの1人や2人、余裕で運んでこれそうな感じやった。 けどな。 そら無いわー。 ナイナイ! いくら酔うたからゆうてやな。アラフォー男をお持ち帰りとか、まず普通は、せえへんやろ? 酒癖の悪いヤツやな。 「ご迷惑をおかけして、えらいすんませんでした。」 「おい、他人行儀は止せよ。」 一応、謝ったし。 とっとと帰らせて貰うんがベストやと考えて、ベッドを降りようとしたオレと。 乗ってきた伊佐木の腕が、ぶつかった。 「なぁ、忘れさせてやろうか?」 「へっ?」 その一言で、オレの血の気がサアッとひいた。 ―マズいっっ!! なんや、知らんけど。 コイツ、すっかりその気やないか!! 「優しくシテやるからさ。どう?」 たしかに、ゆったりとしたやさしい雰囲気やけどなぁ。 このガタイから察するに… ―む、ムリやっ!! 「い、伊佐木!ホンマに堪忍してや。オレ、ベロベロに酔うててん。オチる前に何言うたんか知らんけど、頼むわっ!見逃してっ!!この通りや。」 手を合わせたり、頭を下げたりして、必死に頼みよったら、なんやものスゴい情けななってきた。 「え。泣くなよ、なぁ。タクマ?」 そんなん言われたら、逆に涙が溢れてきた。 「泣いてへん!」 必死にオレは唇を噛んで、涙をこらえようとした。 「…なぁ。タクマのそんな顔見てたら、なんか俺、堪らなくなってきたんだけど?」 「…え。」 思わず、下腹部をガン見してもうてから、後悔した。 ―お兄さん、ガチですか!? 「いやマジで。別のイミで泣かせてやろーか?とか思っちゃうよ。」 「いえ、あの、その、そ、そ、ソレは、ちょっと如何なもんかと…。」 アワアワ退きながら、手の甲で顔を拭いて、握ったままやったTシャツを慌てて着た。 「きっと、遠恋中のカレシさんも、そうなんだと思う。だから、ついついイジメちゃうんだろうなぁ。」 ―ドSかい! マジでやめてや。 オレはドMとちゃうんやで? ビビって固まるオレを見て、伊佐木は苦笑した。 「タクマは嫁、いるんだっけ?」 「ああ、子供も居るで。」 「あーらら~。そりゃツラいな。」 「…うん。メッチャ、辛い。」 つい、ウッカリこぼしてもた。 「解ってないなー。それはむこうも、だろ?」 ―そうなんやろか? 頭に浮かんだんは、ツンと澄ました横顔やった。 「いーや!今頃きっと誰か捕まえてるか、なんか企んで、ニヤニヤしとるに決まっとるっ!」 「ふぅん。さては、あんまり構って貰えないから、拗ねて膨れてんのか?…かわいいな、タクマは。」 「はあ?こんなオッサンがかわいいて。どこがやねん!」 「そーゆーとこが、だよ。」 兄ちゃんが、弟にするように、頭をポンポンされた。 「おまえのツボ、そんなとこなんか?謎すぎて頭痛いわ。」 ブツブツ呟いとるオレの隣へ、伊佐木がゴロリと寝転がった。 「もういいから、そろそろ寝ろよ。明日、仕事なんだろ?」 「あ。いや、でもなぁ…。」 ―ここで一緒に寝るのは、色んな意味で、アカンやろ? 「俺、かなり眠いからさ。心配しなくても、何にもしねーし。」 「はぁ。そうですか。」 気の抜けた返事をしてから、5秒。 目を閉じた伊佐木は、スースー寝息をたて出した。 ―早っ! コイツ、どんだけ眠かってん!? エアコンがきいてて温かったけど。風邪引かさんように、ゴツい体に、布団をかけてやった。 「ん…。カズ」 その布団を抱くような格好になった男の口が、小さく誰かを呼んだ。 ―あぁ、そうか。 伊佐木も、今夜は1人になりたくなかったんやな…。 オレは独り暮らしにしては、広い部屋をぐるっと見回した。 ―あ。 「え!?」 スーツの上着の横。 ローテーブルの上でスマホが光っとった。 ―なんや、メールか。 なんとなしに受信画面を見たオレは、膝から崩れ落ちた。 ―うわぁ!! このメール、せいからやん!? 『件名:たのしそうですね』 添付画像は、ドクロとワイングラス。 ―ぇ、たったそれだけか? ガックリした拍子に、引っ掛かるものに気が付いた。 ん…? あれっ?? まさかオレ、呑んでる最中に何かせいに送信した、とかいわへんやんな? 震える指で、送信フォルダを確認した。 『件名:仲良しです』 ゲゲッ! なんでか最後が『。』やなくて、ハートマークになっとるがな!! オレは、目を見開いた。 ―なんや容量がデカい添付画像まであるやないか!! 「はあああっ!?」 ソコに映っとったのは、ネクタイを外されかかって、伊佐木の胸に凭れてるオレ…。 「これは、…アウトやろ。」 思わず呟いた。 ―なんでか2人とも、若干目閉じてるし。 オレの手が、伊佐木の肩に乗っとるみたいに見えるし。 救いは、お互い服着てるていうとこ位かいな…。 ―でも、このアングル。 オレでも、伊佐木でもない誰かが撮ったとしか思えへんねんけど…? サッパリ記憶にございません! てゆうか。 コレは、さすがにヤバいよな。 言い訳の余地とか、あるわけないやんな… グルグルする頭を抱えたまま、全ての事情を知るであろう伊佐木が起きるまでの時間を過ごしたオレなのだった。

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