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飛 /和泉莉緒

約束がどうの、とか そんなドラマを見てしもたせいか。 ―今夜はクリスマスやねんし。いっぺんくらいは、自分から電話しても、かまへんやんな? そう思って、スマホに指を滑らせた。 『和泉か、どうした?こんな時間に。』 ギャア! ゎ、ワンコールで出やったで!! 予想外もええとこなリアクションに、オレは思わずひっくり返りそうになった。 ―そないに暇なんか?作家大先生。 『もしかして。俺の味が恋しくなって、テレホンセックスでもしたくなったのか?』 ―ぶっっっ!! 「んなわけ、あるかっ!!ひとりでシコっとけや、アホ。」 ―たまに甘い顔を見せると、これやからな、ほんまアホとしか、言いようがあらへん。 『いや、待て!まだ切るな。…ふざけて、悪かった。』 ―へぇ。 謝るやなんて、珍しい。 今すぐ雪ダルマでも、降るんとちゃうか? 怪しみながらも、次に言うべき言葉を考えた。 「あのなぁ。今日は、クリスマスやったやろ?せやから、1個だけ、言っとこうと、思て。この前嫁が送ったあの毛布な…。実は、オレと御揃いらしいねん。メチャメチャ気持ちええから、また今度使って寝てみ。ほな、おやすみ。」 耳から離したスマホから、低い呟きが漏れた。 『…使えない。使える訳がない!』 「は…?」 持ち直したスマホから、おかしな言葉が飛び出てきた。 『そんな事実を知ってしまったら、安眠出来なくなったじゃないか!どうしてくれる!?』 「えっ…?どうって、なんで!?オレはただ…。」 ―少しでも気分良く、せいが寝付けたら、って思っただけやってんけどな。 『考えてもみろ。俺の手に今あるのと同じ物が、おまえのあの肌を毎晩包んでいるんだぞ?』 ―わわわっ!! そう言われたら… なんや、ケツの辺りがゾワッてなった! 「ちょ!なんで、またそないな話になるんや!?」 『当たり前だろう!?俺とおまえが並んで寝るような状況を考えてみろ。』 ―並んで 寝る…? 事後のだらしなく伸びたオレの体を、やんわり後ろから抱き込むせいの吐息まで、ありありと思い出した…! 「…なるほど。」 ―コレは、アカンわ。 大失敗や!! てか、あの毛布っ!! 今すぐ、変えな、絶対今夜寝られへん! 「悪い!ほな、またなっ!」 恥ずかしいやら、申し訳ないやらで、いたたまれんなって、オレはそそくさと切ろうとした。 『まぁ、待て。』 ―聴いたらアカン!! こういう時に限って、よう聴こえんねんな。 『熟睡出来る、おまじないを知りたくないか?』 「なんやソレ?」 ウッカリ訊いてしもた。 『知りたければ、今すぐベッドルームへ行け。』 「いや、せい。あのさ…?オレまだ、寝る気ないし。」 『サンタの出動時間にはまだ間があるだろう?イマジネーションの訓練だ。』 「はいはい、イマジネーションな…。」 こうなったら、もうイヤな予感しかせえへん。 それでも、アホなオレは、ムダにエエ声を出すせいに逆らえんかった。 「寝室、入ったで?そっちは?」 衣擦れの音と、クスクス笑いがどちらからともなく聴こえてくる。 なんや、子供に戻ったみたいやと思った。 「脱いだか?俺は既に、臨戦体勢だ。」 ―ぶっっ!! 「アホやなぁ。頭、大丈夫か?」 『全く大丈夫じゃない。顔が見たい。テレビ電話に切り替えろ。』 「テレビ電話も写メもナシ。そこは、イマジネーション、やろ?」 『…言うじゃないか。だったらそのまま、説明しろ。逐一、詳細にだぞ。』 「説明って、一体何の?」 『決まっている。おまえのナニだ。』 ―ぶっっっ!! 「マジ鼻息荒いで?何かちょっと心配になってきたわ。」 盛大にからかったつもりやった。 『だったら、四の五の言わずに、今すぐ飛んでこい!』 「へ…?」 思わず、耳を疑った。 「さっき、なんて言うた?」 訊きながら、パソコンを立ち上げた。 「…明後日なら、行けんことはない。」 『嫁は、良いのか…?』 「あああ!!、もう!ウルサイっ!!切るで?」 ―来いとか言ったその口で、嫁やて!? 頭の回路が、焼ききれそうになった。 クリスマスプレゼントを息子と嫁の枕元へスタンバイさせ、その手で、パソコンを操作し、今から一番近い時間の飛行機チケットを押さえた。 言い訳は、後で考える事にして、とにかく外へ出た。 財布とコートさえあれば、何とかなる。 いっぺんぐらい、オレから行ったって、かまへんやろ。 踏み出した1歩は、思ったより、軽かった。

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