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成 /和泉莉緒

「うわっ!!寒っ…。」 建物の外へと出ようとしたが、あまりの寒さに無理だと悟り、すぐさまひっ返した。 ―取り敢えず、電話やな。 飛行機の中で切ったスマホの電源を入れれば、不在着信にメールの表示が現れた。 ―51件、て。 その数を見ただけで、後悔が波のように押し寄せた。 おそるおそる指の隙間から見てみれば。 男からよりも、女の方が多い。 どれだけ怒り心頭なのか。 ―嫁は、後かな。 そんな狡い気持ちを見透かしたかのように、着信音が鳴り響く。 ―あちゃー! 見えてたんかいな。 その勘の鋭さにまた恐怖した。 「イマドコっ!?」 「さ、さっぽろ、どす。」 鬼気迫る問いに、噛んだことはツッコまれずに放置され、気まずい思いが倍増した。 「あんたなあ…。イックンみたいになったんかと思って、ビックリしたやんか!!」 「え…?」 たしかイックンとは、莉緒の叔父の名だ。 そう言えば3年ほど前、仕事先の岩手で行方不明になったと聞いたきりだ。 この様子だと、今も消息が判っていないのだろう。 身内の嘆き哀しみを、どこか他人事のように聞いていたことを思い出して、自らの薄情さを知ったような気がした。 「あの日も、こんな寒い日やった。宇根のおばちゃんが泣きながら、ウチへ電話してきて。あたしら、八方手尽くして、病院や焼き場まで駆けずり回って、それでも全然……。」 「なんでやのっ!?今すぐ帰ってきて!」 絶叫に近い願いに、返す言葉もなく、ただ立ち尽くす。 何も、出来ない。 己のしでかした事の大きさをまざまざと見せつけられ、黙るしかない。 「…ええよ。」 唐突に、思いもよらぬ言葉が聴こえてきた。 「莉緒!?」 「このまま消えてしまわんと、あたしらんとこに、戻って来てくれるんなら、…ええよ。」 どんな思いなのか。 それでも静かに言い切るのは、信頼の証か。 ―裏切っている。 やっと、自分の不実を、ハッキリ自覚した。 「ごめん、堪忍やで…。」 胸の奥から絞り出した声は、別人のように嗄れていた。 「ううん。こっちこそ堪忍な。…最近のたっくん、なんやえらい、しんどそうやった。難しい顔して、黙って悠真のこと見てたり、よう寝られてへん感じやったり。きっと、仕事でなんかあったんやろ、とは思ててんけど…もうちょっとで休みになるし。まだ大丈夫やろ?って軽くみて聞きもせえへんかった。薄情やったと思うわ。」 同じ家で共に寝起きしていて、何も気付かない筈が、あるわけが無かったのだ。 ―オレは、自分のことしか見えてへんかったんやな。 「そや。せっかく北海道まで行ったんやったら、ついでにカニでも食べて、のんびり温泉でも浸かって来たらええわ。どうせ、この吹雪やし、飛行機飛ぶまで、帰られへんのやろ?」 「…吹雪?」 言われてみて初めて、外の荒天に気が付いた。 「えっ!?あんた、天気も調べんと、そない遠いとこまで行ったん?メチャクチャやな。」 「そやなぁ。」 たしかに、メチャクチャだ。 「行ってしもたもんは、しゃあないわな。そやけど。絶対、正月までにウチに戻ること!それから、無駄遣いはアカンで。」 正月は毎年和泉の実家で過ごす。 たしかに、それまでには帰るべきだと思った。 「うん。」 「ほな、あたし忙しいから。もう切るわ。」 「莉緒。」 「なんやの?急に甘い声出して。」 「ありがとう。」 「お土産、白い恋人にしてな。悠真の分は別やで?」 精一杯の強がりだと、判っていた。 でも今は、言える言葉がない。 「わかった。」 「ほな。」 呆気ないほどアッサリ許された。 そう言えば。 この大らかさが、結婚した一番の決め手だったことを、思い出した。 ―せいとは、真逆やな。 コーヒーを飲み、情けなさを少し追い払ってから、スマホを握りなおす。 ―出るかな? 繋がる、やろか? ケータイを持ちだしてからは、忘れていた、久々の感覚。 さっきまではナリをひそめていた心臓が、緊張と期待で、ドクドクと大きく早く打ち始めた。 ―アカン。 せい。早う、出て! 出てくれんとオレ… もう何処へも行かれへん。

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