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逢瀬 札幌編 4
電話の声そのままの不貞腐れた顔の和泉が店の入り口に現れた。
カウンターの端に座る俺の隣に無言で座る。
「なにを飲む?」
「ビールでいい。」
オーダーをすませる段になっても俺の顔を見ようとしない。ここまで来たのだからいい加減諦めたらどうだ。抵抗するなら勝手にすればいい、俺にとってそれは何の意味もないことだ。
「腹が減っているなら1Fのレストランにオーダーできるぞ。」
「腹は減ってない。」
「言っておくが内緒でGPSをどこかに仕込んだとかそういう事はしていない。朝歩いている和泉を見かけたんだ、偶然に。」
「え?」
初めて和泉がこっちを見た。久しぶりに自分にむけられた瞳を見てズクンとした疼きが生まれる。
「スタバでコーヒーを飲んでいた時だ。今朝あそこにいなかったらこうやって和泉に逢うこともなかっただろう。やはり俺達はどこかで繋がっている、そういうことだ。」
「そんな勝手なこと言って・・・。」
運ばれてきたビールを一気に半分飲むと、和泉の身体からフっと力が抜けた。
「心臓が飛び出るかと思った。嫁と話すとか・・・ああいうのは困る。」
「和泉だったら外出許可をとれなかっただろう、違うか?」
「・・・そうやけど。」
「いい加減機嫌を直してくれないか。時間は限られているんだぞ。MAXで2時間だ。前回の2日とは大違いじゃないか。」
「一人で来ているわけじゃない。静に連絡したって、どうやって逢うんだよ。できるはずがないだろう。」
「でも、今こうやって逢っているじゃないか。自分の望むことを簡単に諦めるな。俺は和泉がどこに泊まるのか知るために、チェックインするまでずっと嫁を尾行したんだぞ。見たくもない映画をみて、ウィンドウショッピングにつきあい、同じ店でランチを食べた。和泉に逢うためならその程度は苦でも何でもない。」
「・・・なにやってんだよ。アホや。」
「ああ、馬鹿だよ。おまけに病気だ。」
「・・・藤井っていうのが本名なのか?」
とってつけたような名前のことか。そんなはずがあるか、名前はおしえたじゃないか。
「嫁に有末を名乗る気になれなかっただけだ。目の前の交差点の角にファミマがあっただろう。その隣が「藤井ビル」だった。目に入ったから拝借した。
そのビールさっさと飲んでしまえ。」
「なんで?」
「なんで?上に部屋をとってある。先に行くといい、準備があるだろう。」
和泉の顔が一気に赤くなる。出逢ってから半年は抱く立場だった和泉だが、そのポジションに戻ることはない。抱くのは女でいいじゃないか、女を抱いて男に抱かれる。それが和泉の中に歪を生み出すだろう。だから嫌がる和泉に教え込んだ。女と違って男は準備が必要だということを。
「必要なものは揃っている。」
「なっ・・・。」
「言っておくが、ここのバスルームはガラスばりなんだよ。部屋の中から丸見えという事だ。
俺に見られながら準備するか?それとも手伝うか?先に一人でいくほうがよっぽどマシだろう。俺はこのスミノフをやっつけしだい上に行く。」
和泉のシャツのポケットにカードキーを差しこむ。まったく・・・12月の札幌だというのに上着も着ないで降りて来るとは。
絶対外にいかないという宣言のような服装だ。
「地下のバーに行った。そして建物から一歩もでなかった。これは事実だ、嘘じゃない。今回も無事に切り抜けられるということだ。」
和泉はヤケクソのようにグラスを空けてスツールから降りた。
「負けっぱなしやんか・・・。」
そんな言葉を残して俺に背を向けて歩き出す。
おもわず出ただろう関西の言葉は、俺に甘えた結果だと思う事にしよう。
グラスには僅かのスミノフしか残っていなかった。これを飲み干す時間しかやらないのはあまりにも可哀想だ。
「同じものを。」
おかわりのグラスはいつものペースよりゆっくり飲むことにしよう。
俺にだってそのくらいの優しさはある。
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