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逢瀬 札幌編 7
バスタブの中に立ち、互いのゴムを外しビニール袋につっこむ。
和泉の下半身を丁寧に洗っても抵抗する様子はなかった。俺の両肩に腕を置き支えているくらいだから、足がガクガクしているのだろう。
このまま寝かせてやりたいが、そういうわけにもいかない。無事嫁の所に届けなくてはならないとは忌々しい限りだ。
「無香料の石鹸だから、香りでバレることはない。」
「どっから・・・。」
「今晩のことを色々考えて必要な物を用意したんだよ。和泉と二人きりになる方法を組み立てたというわけだ。小説のプロットを練るよりよっぽど楽しかった。」
「あんな酷いオモチャとバレんように無香料の石鹸。やさしいいんだか意地悪なのかわからん。」
「意地悪でもやさしくても、和泉が俺に対して持った感情なら何でもいい。」
「・・・頭おかしい。」
「ああ、まったくな。」
抱えるようにして浴室をでてベッドに座らせる。
「着れるか?」
「子供じゃあるまいし。」
モゾモゾと服を着ている姿を見ていたい気もしたが、自分も着替えなくてはならない。脱ぎ捨ててあった服を拾い身に着ける。浴室にあるものは全部ビニール袋に入れた。ゴムやシリンダー、おまけにコックリングまでゴミ箱にはいっていたら、明日の清掃人がひっくりかえるだろう。手提げの紙袋に入れてしまえば中身はわからない。
身支度を終えた和泉がベッドに座りボンヤリ空を見詰めていた。
何を考えているのだろうか。
そっと近寄り抱きしめる。
「静って、いい匂いする。これどこの香水?」
「パコラバンヌ。」
「聞いたことない・・・。」
「一時期廃盤になっていたが、復活した。男臭くなく、かといって甘すぎず。そのさじ加減が気に入っている。」
「へえ・・・。すぐ忘れそ。でもなんで服着てるんだろ。泊まらんの?」
標準語と関西の言葉が混ざって子供みたいだと思った。文章であればすんなりいくのだろうが、話すとなるとなかなか難しいらしい。
「帰るよ。和泉がいないのに、この部屋で一人寝をしろと?それは随分だな。」
「そやかて、部屋代がもったいない。」
「和泉との時間を買ったと思えば安いものだ。そろそろ帰るとしようか。」
「うん、心配されても面倒だ。」
紙袋を手に立ち上がりドアに向かう。さて和泉はどうするのか。
「戻ったら酔ったフリして早よ寝んと。あ、静?」
振り向きたい気持ちをぐっと押さえてドアをみつめる。
「ああ、いやなんでもないわ。」
近寄ってきた和泉を先にドアから出し、ベッドの脇に視線を合わせた。そこにあるべきものは無く、ただのカーペットがあるだけ。
そうか・・・拾ったか。
俺は立ち上がる前にハンカチをわざと落とした。パコラバンヌの香りが沁みこんだハンカチ。
『静、忘れもんや。』そう言うと思っていたが・・・和泉は拾い俺に返さなかった。
歓びに支配され、思わず目を閉じる。
記憶やメール以外の物が俺を思い出すきっかけになる。
俺と同じ香りのハンカチ・・・大声で叫びだしたいくらいだ!
「静・・・わすれもんチェック?」
ああ、忘れ物だ。でも拾い主がいるから問題ない。
エレベーターに向かう廊下、エレベーターの中、和泉は何も言わなかった。
俺は浮かれすぎていたから言葉を忘れてしまっていた。
あっという間に和泉の部屋についてしまう。このドア一枚隔てた先が和泉の生きている現実の世界だ。
歓喜と興奮はあっさりかき消された。
何をどうやっても結婚し父親である和泉の現実はかわらない。そう・・・変わらない。
「今度はちゃんと言う・・・から。」
強い衝動のままドアに和泉を押し付けた。ドアスコープを手のひらで覆い唇を塞ぐ。
「んん!」
逃げる舌を追いつめ、一層強く押し付ける。音をたてないように、声をださない努力をする和泉が憎らしくなって、股間に膝頭を押し付けてやる。
「んんん!!」
胸を強く押されて重なっていた唇が離れた。
和泉・・・。
たまらずきつく抱きしめた。香りが移ってしまえばいい、抱くより抱きしめられる歓びに溺れてしまえばいい。
「・・・帰らんと。」
「わかっている。」
「静・・・堪忍な。」
別にあやまってほしいわけではない。だが、自分が一番の存在ではないことが悔しい。
潤み始めた和泉の目尻にそっと唇を落とし背をむける。一瞬だけ指先がキュっと握られたあと離れて行った。振り返ることなく廊下を歩く。
前さえ見ていれば迷うことは無い。突き進んでいれば未来は存在する。
チェックアウトを済ませ外にでると氷点下の空気が肌に痛い。
交差点を渡り、角のコンビニのゴミ箱に情事の証を紙袋ごとつっこんだ。
終わってしまえばこんなものだ。過去を振り返っても何の意味もない。
次の逢瀬を思い日々を過ごせば、その時はやってくる。
ハンカチを握りしめる和泉の姿を想像すれば、やりすごせるはずだ。
『逢いたい。』
いくつ日を重ねたら、そう言ってくれるだろうか。
灰色に曇った雪空に白い満月が光り輝いていた。薄い雲の奥から闇夜に光を落す月。
太陽よりも、月のほうがしっくりくる。
和泉はどちらが好きなのだろうか。
俺達はお互いの事をきちんと話をしたことがない。知りたいと思う事が沢山あるが、知ってしまえばそれだけ抜け出せなくなる怖さがある。
いつかお互いのことを話せるような時がくるだろうか。お互いにそれを望む日がくるだろうか。
「らしくない。」
冷たい空気に独り言が白い煙となって消えていく。
らしくないが、仕方がないことだと諦めよう。
『逢いたい。』
それを待ち続けるのも悪くない。待たせるだけ俺が執拗になるということを身を以て知ればいい。
素直に俺を求めろ、和泉。
俺と・・・同じくらいに。
しばらくの別れ。
それが長く続かないことを祈りながら見上げた月は雲の合間から顔をだし光り輝いていた。
風に乗って舞う雪が街頭の光と月の反射で銀色になる。
昂揚感は消え去り、いつものように冷たい自分が現れた。
顔を見ると甘やかしてしまうから、事前にプランを練り準備をする。今回の出来に合格点を与えつつ、次回はどうしてやろうかと考えるのが実に楽しい。
帰ってから、次回泊まるホテルを探すとしよう。
まずはそこから。
和泉、楽しみにしているがいい。
なんせ、俺は久しぶりの恋に狂っているのだから。
END
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