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無意味な夜 /せい

 /「すっげ~まずい気がする。」 ベッドに転がった男が言った。何がまずい?別に俺は何の問題もない。いや・・・問題はある。 SEXは楽しむ行為であり、そこに気持ちがどの程度存在しようと快楽を追求し欲望を満たすことに意味を見出すことはしてこなかった。 付き合う相手に、自分だけを見てくれと望まれることは当然あった。しかし俺がそれを望まない以上、その気持ちに応えることはできなかった。 この男と寝て最悪だが俺は実感した。 SEXを楽しめなくなっている。 「ハマったらまずい・・・気がする。」 「別にいいじゃないか。趣旨変えした所で言いたい奴に言わせておけばいいだけだ。それに立場を変えてみて初めてわかることもあるだろう。両方対応できるほうが何かと都合がいいと思うが?」 「相変わらずだな・・・。」 シーツにくるまってベッドに埋もれている男はかれこれ3年位前からの知り合いだ。軽妙な会話と人を惹きつける魅力。特に顔立ちが整っているわけではないのに、何故か目を引く男は当然のことながらタチだ。和泉と逢う前はタイミングが合えば寝る仲で、相手に合せてその時は俺が受ける側だった。 それがどういう心境の変化があったのか、逆になってみたいと言いだしたのだ。それを試せる相手は静しか思いつかなくて、そう言って照れたような顔は見たことのないものだった。 もしかしてこの男ですら恋というものに支配されれば立場を変えるとでも? そこからは好奇心と加虐心が沸き立ち興味が沸いた。 沸いた・・・確かに。 タチの男に中の歓びを認識させる。これは最高に楽しい遊びであるはずだった。 夢中になりそうになった一瞬先に何かが過る。 自分の下でのたうち制御がきかないと訴える必死さに熱が沸き立つはずなのに、冷めた自分がいる。 違う 違う 誰もが、どれもが・・・違う 和泉ではない男 その根深い所に刺さったものを無視して目の前に気持ちを向かわせるのに、やはりうまくいかない。 手順のように相手を刺激し、快感をお返しに受け取る。身体はそれでいいかもしれない。それに反比例して「よくはない!」と心が悲鳴をあげる。 楽しいはずの行為は寒々しい気持ちを生んだ。 まずいというのは、まさにこのことだ。 「不倫したことがあるか?」 言ってしまってからバカなことを言ったと後悔する。 「あ~なに?女と不倫中?それならわかる。女相手にしている立場で突っ込まれるのは違うわな。」 「なんで受けに興味が?」 男はゴロンと寝返りをうち壁を見ている。 「俺に抱かれて全然よくないくせに我慢しているわけ。たぶんSEXは苦痛なんだと思う。でも俺は挿れたい側。なんか・・・よくわかんないけど、分かち合える道を探ることが必要な気がしてさ。お互いにとってのベストを見つければいいかなって。どうせなら二人とも気持ちよくなりたいだろ?でもいきなりは怖いし、予習なくして上手くいく気がしなかった。上手くいかなかったら、それこそもうそこで終わりな感じじゃないか。それで静にたのんだわけよ。」 「より関係を深めようとしているくせに、他の男に?バカバカしいな。」 「ああ。男は臆病で子供なんだよ。」 「ふ・・・言えてるな。」 身支度を整えだした俺をトロンとした視線が追う。 「帰えんの?泊まって行けばいい。」 「逃したくないフレーズが浮かんだからPCの前に行きたい。」 「時に不真面目、時に真面目。面白い男だよ。」 唇はやめて頬にキスを落して別れの挨拶。 「ほっぺたかよ。」 「唇は本気の男にとっておけばいい。」 「言う事がさすが作家さんだな。唇が愛なら、頬は友情な感じがするな。」 「挨拶の間違いじゃないのか?」 「い~~や。友情。ありがとな。」 「俺達はしばらく寝ないでいるほうが互いの為じゃないか?」 男はゴロリと転がり背を向けた。 「そうかも・・・な。ただ・・・。」 「ただ?」 「うまくいかなかったら、その時は抱かせろ。」 俺を最後に抱いたのは・・・和泉だ。 それに思い当たり、この男の言ったことがとても受け入れがたいものに感じた。 和泉との関係において立場を変える気はない。だからこそ、最後に俺の中を探った男は和泉であってほしい。 甘ったるい・・・最悪だ。 「その時俺の不倫が継続中だったら、それには応じられないな。」 「けっ、つまんね~の。」 「本気の男にちゃんと向き合え。二人の関係を深めるために、よりによって他の男に抱かれたなど絶対に知られるなよ?バックバージンを失ったことが無駄になる。」 「ああ・・・無駄にはしない。」 男のつま先をキュっと握ると男は笑った。 「忘れないうちにパソコンに逢いに行けよ。」 「本気の男をここに呼ぶのはどうだ?」 盛大にしかめられた顔。 「やはり、お前は不真面目で性質が悪い。付き合う相手としては最悪だ。」 「素敵な褒め言葉をありがとう。」 ホテルのエレベーターの中で、いったい俺は何がしたかったのかと自問する。 「家庭」という俺の考えが及ばない世界で生きている和泉への腹いせか?自由に和泉以外の男と寝ていると言いたいのか? ふうと吐き出す音でまた溜息をついたことを認識した。溜息をついた数だけ幸せが逃げていくと聞いたことがある。最近の溜息の数からして俺の幸せのストックはとっくに底をついているだろう。 まだ起きているだろうか・・・。 22:00をわずかにまわった時間。いつもなら電話は絶対にしない時間。 ポケットから取り出したスマホが光り着信音を鳴らしたから心底驚いた。あわてて画面をスライドする。 『あ~せい?起きてた?』 「ああ・・・。」 『なんや騒がしいな。外?』 「ああ・・・。」 『機嫌悪いん?こっちも別に用があったわけやないし…。』 「いや・・・電話しようとしていたらかかってきて・・・驚いただけだ。」 『なんや・・・なんかあったんか?』 本当のことは言えない、でも嘘は嫌だ。偽善じみた自分が心底嫌になる。 「ああ、恋の悩み相談というところ・・だな。」 『まあ、色恋のプロやしな~。作家センセイやし。』 カラカラと笑う声を耳元で聞きながら、どうにもならない何かを飲み下す。俺は何をやっていたのだろう。 必要なことだったのか? 楽しめないということを知るために、男を抱いたこの夜に意味はあったのか? 和泉以外では誰でも駄目だと・・・俺は本気で知りたかったのだろう・・・か。 『用事思い出した!『短編綴り』の発売しったん。サイン本とかいらんからな。絶対送ったらだめやで。』 「じゃあ・・・送らない代わりに何かしてくれるのか?」 『はぁ~?悪い事せんから金よこせとか世界中に喧嘩うっとる、どこぞの将軍様みたいやないか。まあ、静も大概俺様やけどな。』 なんてことのない会話。でも耳から俺の中に入り込むのは間違いなく和泉の声だ。 そしてこの電話はまもなく切られるだろう。楽しそうに旦那が電話している姿は嫁には違和感しか与えない。和泉はそのあたり、ちゃんとケアしているのだろうか。 わかっているか?和泉。 嫁にバレたあとに来るもの、それは俺達の別離だ。 でも今日は言わないでおこう。 楽しそうに話す声に耳を傾けよう。 そんな夜があってもいいじゃないか。 特に・・・無意味な時間を過ごしてしまったあとには。 相手に縋りたい・・・そんな夜も・・・・ある。

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