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それって媚……編  2 あ、とか、うん、とか

 ――悪い。加納から聞いてると思うが、今日は打ち合わせが急遽夕方にも入った。夕飯の材料、用意しててくれていたらすまない。先に寝ててくれていい。 「……知ってますよー……夫婦だもん」  昼食にと外のファミレスで日替わりランチを食べながら、そう小さな声で返事を呟いた。そして、食べながら、行儀が悪いけれど、一人で手持ち無沙汰だから、ぽちりぽちりと言葉を打って、返事の一文を送信した。  お仕事お疲れ様です、材料は心配しなくて大丈夫ですって。  夜は基本俺が料理するからさ。千尋さんが早く帰ってきてたりすると、作ってくれることもあるんだけど、俺の方が基本帰るの早いから。千尋さんが作る料理はいわゆる「映える」感じのすっごい美味しそうなやつ。俺が作ると、素朴で超一般家庭っぽいやつ。  千尋さんはそんな俺の素朴飯の方が美味しくて大好きだって言ってくれるけど、俺は千尋さんが作ったオシャレで美味しそうなご飯の方が良くってさ。  すごいんだ。最初、王様みたいな人なのかと思ったのに。  夫婦だけど家事はできるだけ半分になるようにって気にかけてくれて。だからこそ、俺もたくさん千尋さんのためにって家事こなしたくなって。  そう、夫婦だから。  千尋さんのスケジュールは逐一加納さんが教えてくれる。俺も仕事してるから、一日中家にいるわけじゃない中で家事もするのならと、たくさん気にかけてもらってる。  なんか。すごいなぁ。  まさかさ、超平凡な俺が社長のパートナーでさ、ずっとしてみたかったデザインの仕事にだって携われてさ。  不思議だよねぇ。  最初は男の俺が男の千尋さんと結婚なんて無理に決まってるって思ったし、期間限定って聞いて安心してたくらいなんだ。  あ、じゃあ、今だけってことですね? って。  だって、俺はゲイじゃないし。  それが今はさ。  今だけなんてイヤだ……なんて思っちゃうし。  ずっと、ずーっとあの人に添い遂げたいって思ってる。  それに、最初はマジかー! 嘘でしょー! なんてこったいって思ったけど。  今は最高に幸せって思っちゃったりして。社長をしている千尋さんはすごく忙しいけど、でも、その忙しい中でも俺との時間を作ってくれるのがとっても嬉しいし。昨日だって、仕事忙しくて疲れてるだろうに、俺と――。 「えへ……」  つい思い出しちゃったじゃん。  ファミレスではぜぇぇぇぇったいに思い出してはけしからん昨夜のコト。すごく熱くて――。 「それ、ただの浮気だろ」  突然飛び込んできた、いかがわしいけしからん俺の妄想以上にけしからん言葉に、手が止まった。  浮気って。  なんて会話をこんな健全極まりない場所でしてるんだ。そこのサラリーマン。って思いつつも、でも人間というのは俗世の生き物ですから、そういう系の話題って気になるじゃん? そのゴシップ単語に耳をじっと傾けてしまう。 「だって、物足りないんだよ」  ほぉ……物足りない。 「まぁ、最初はさぁ、その初々しい感じとかが良かったんだけどさぁ」  初々しい。 「もう付き合って何年経つと思ってんの? いまだに最初と変わらない感じじゃさ……不慣れすぎっていうか、とにかく物足りなくなるって」  何年……。 「もっと刺激が欲しいっていうか」  刺激。 「だからって他に手を出すのはダメだろ」 「じゃあ、余所を向かないように努力するべきだろ。付き合って三年だぜ? 毎回似たようなセックス飽きるって」  三年……実は我が家も結婚三年目……なんですけど……。 「あのなぁ」 「だっていまだに、声だって、あ、とか、うん、とかさぁ。バリエーションなさすぎで」  あ、とか、うん、とか。 「もっと楽しみたいじゃん。セックス」  セックス。 「しかもぜーんぶ受け身」  ………………それ、俺じゃん。  最初から変わらず何年も不慣れなまま。あ、とか、うん、とか。ぜーんぶ受け身。 「それでさ、この間、バーで知り合った子がさぁ、すっげぇエロくてさぁ」 「へぇ」  へ、へぇ。 「自分から乗っかっちゃうし、腰振りまくりでさぁ。リードされまくりっつうの? すっげぇ燃えたね」  腰、燃え。 「彼女なんて上乗ったって、してもらうの待つばっかでさ、疲れるしつまんねぇし。けどその子、もう俺の上に乗っかって、すっげぇの」  上乗っかっても、してもらうの待つばっかり。つ、疲れるよね。 「最高だったね。いいわぁ、エロい子。連絡先も聞いたし」 「やめとけって、お前さぁ」 「仕方ねぇじゃん。セックスが退屈なんだもん。しかも、一晩に一回って、ほぼ決まってるそのルーティーンもな。毎日の習慣かっつうの」 「お前、そのうち、痛い目見るぞ」  一晩に一回。  上乗ってもほぼ上手になんて動けなくて、千尋さんが動いてくれて。  いまだにリードなんてできないし。もうまず翻弄されまくってるばっかりで、しがみついてるので精一杯っていうか。だから、声だってそんなバリエーションなんて考えたこともないし。  あ、とか、うん。  まさに、そう。  不慣れです。  いまだにそういうこととか気持ち良くて、すごく、その、ほら、好きだけど……あ、ほら、まさに今、そう。初々しい感じ。悪く言えば不慣れで拙い、この感じ。  物足りなくさせちゃう感じ。 「……ひぇ」  それ、俺じゃん! って、握りしめていたフォークがポロリと落っこちるくらいには飛び上がってしまった。

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