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それって媚……編 5 内緒の梱包いたしますです。
やっぱりまだ悩んでてさ。ネットで色々調べてたんだ。誘い方とか、ハウツー的なの。そしたら、そんなことばっかり調べてたから、今時の賢いスマホさんが俺に「こんなんもありますけどー?」って、画面の下にちょっと遠慮がちに、でも、その部分見えなくてちょっと邪魔ですけど? ってくらいに自己主張しつつ、教えてくれた。
レビュー、千件以上。
お値段、なんと五千円以下。
しかも送料無料。
しかもしかも、内緒の包装致します、ですって。
「か、買っちゃった」
安心安全、一粒で効果抜群。
「届いちゃった」
これで今宵の貴方は華麗に変身。
「媚薬……」
いや、こんなのに頼るのはどうかと思うよ? 怪しいしさ、まぁ? 媚薬とはいえ? そーんなものすっごい効き目なんてあるわけないじゃん? 気のせいっていうか、そんなつもりで飲んだら、そんな気がしてきたみたいな? そのくらいなんじゃん?
でも、レビューにあったのが気になって。倦怠気味のカップルご夫婦におすすめですって。
倦怠期じゃないよ! 全然、ぜーんぜん、ラブラブしてるし。
けどさ……もう少し俺が大胆になれたらもっと千尋さん楽しいのかなぁって。
成木さんにも、小早川さんにもそのままの俺でいいって言ってもらえたけどさ。あ、いや、小早川さんにおいては俺の友達の女の子へ向けての言葉だから、ちょっと違うけど。
俺は俺のままで。
ありのままで、可愛い。
って言ってもらえたけどさ、やっぱ、三年も経つのにって思うじゃん。もっと千尋さんのこと――。
「い、いよーし」
気持ち良くしてあげたいんだ。
「飲むぞー!」
そして、俺は魔法の一粒、チョコレート味、と書かれた小さな箱をギュッと握りしめて、天井へ向けてガッツポーズをした。
「う、うーん」
効いてる?
「うーん?」
効いてない?
「うううう、うーん」
なんか、そんなに変わらない……感じなんですけど。
チラリと時計を見て、そろそろ千尋さんが帰ってくることを確認した。今日は重役会議がディナーしながらあるって言ってたから、俺より帰りが遅くなるんだ。そして、明日は会社がお休み。今日がベストって思ったけど。
レビュー を読んだ感じだと効果が出てくるのは個人差があるっぽかった。でも、飲んですぐには効かないって書いてる人多かったから。お薬じゃないし、何時間後に効果が出てくるとか、その辺を詳しく書いてなくて、とりあえず、ちょっと前に飲んだ。
ソファの上に膝を抱えて座りながら、その足の指をうねうね動かして、感覚がどこも変わらないことを確かめた。
でも、まぁ、そうでしょ。
そんな媚薬入りチョコひとつで大変身できちゃうものが送料無料の五千円以下のお値段で売ってるわけないでしょ。
「あ……」
ソファの手前に置いていたローテーブルの上でスマホがブブブって振動した。
「もしもし、お疲れ様です、千尋さん」
『あぁ……』
その瞬間だった。
「……ぁっ」
『今から帰る。何か買ってきて欲しいものはあるか?』
「ぁ」
何か、スイッチが入ったみたいに身体が震えた。
「ぅ、ん……あの、千尋さん」
さっきまで何も変わらなかった足の指先がじんじん熱くなって、スマホを握る手もじんわりと熱くなって。
「早く……」
『環?』
「は、やく」
頭の芯がとろりと蕩けてく感じ。
「千尋さん……」
その名前を呼ぶだけで、唇がキスが欲しいってウズウズした。
お薬ってさ、用法容量をしっかり守ってって書いてあるじゃん? 一粒でこんなふうになっちゃうの、大丈夫なのかな。
「あっ……ン、ん」
身体が熱くて、おかしくなっちゃいそう。
「ん、ン」
だからぎゅっと身体を丸めて、自分で自分を抱き締めてる。
「千尋さ、ン」
帰ってくるの、どのくらいかかるかな。加納さんに送ってもらってる、よね。電話来たのって、どのくらい前だっけ。でも、そろそろ――。
「環?」
その時、玄関の方で声がした。
その声を聞いただけで、身体が飛び跳ねそうになる。
玄関にお迎えに行きたいのに足がちゃんと地面にくっついてくれないんだ。どうにか膝を抱えていた自分の腕を解いて、ソファから立ち上がりたいのに足首から下がこんにゃくみたいにふにゃふにゃしてて、ちゃんと立ち上がれなくて。
「おいっ! 環!」
「ンっ」
でも立ち上がろうとしたところで、膝から崩れ落ちそうになるところを千尋さんの腕が抱えてくれた。
「どうかしたのか? さっきの電話も何か、様子が」
「あっ……」
ウソ、やだ。もう。
「環?」
「な、んでも」
なんか、もう、ホント。
「おい、環?」
違うんだ。俺、もっとちゃんと誘いたかったんだ。貴方のことを気持ち良くしてあげたくて。もっと満足して欲しくて。
こういうの飲んだらさ、もっと大胆になれるかなって。いっつも恥ずかしくて、貴方に甘えてばかりなのが、なくなるかなって。そう思ったのに。
「環? どうし……」
「っ、ごめ、なさい。あの、離して、ください」
勝手に出てきちゃった涙を見られないように首を折って俯きながら、自分のお腹のところをぎゅっと手で握った。
「おい、環」
「っンン」
「何を……これは? チョコ?」
「あっ」
ほら、やっぱりドジで間抜けで、おっちょこちょい。箱しまうの忘れてた。
「あ、の、媚薬入りのチョコ、食べた、んです」
「は? 何を、誰かに」
「ち、違くてっ、自分で」
これじゃ、自分が予想していた感じにさ、あのたくさんのレビューみたいに燃え上がる一夜を、みたいになれたとしたって、このチョコのせいってバレちゃうじゃん。
「買って、食べた、んです」
どっちにしても、全然、貴方を楽しませられる感じじゃなくてさ。むしろ、心配させちゃってるけど。
「媚薬、入りのチョコ」
「なんっ、お前、そんなもの口にして、何をっ」
「お、俺っ」
上手じゃないの。本当にさ。
がっかりしながら、ぎゅっと自分の身体を、心臓のところを手で握りながら、口を手の甲でぎゅっと隠して。
「千尋さんに俺で満足してもらいたくて」
「……」
「けど、全然」
「お前な」
「全然っ」
手、触っちゃヤダ。
「ンンッ」
それだけでイッちゃいそうなのに。
「何、バカなこと言ってんだ」
その手の甲にキスされただけで、イッちゃうのに。
「クソっ」
「ン……ン……」
怒った顔の貴方がくれる性急なキスに、震えるほどイかされて、涙が目尻から零れ落ちた。
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