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それって媚……編 6 遠慮なく、いただきます。
違うんだ。
さっきまではなんともなかったのに。
ほら、よくあるでしょ? 激辛カレーとかって、レストランで書かれてて、食べたら、そんなに辛くないみたいなの。俺、そんなに辛いの得意じゃないんだ。今でもよく二人で行くあのお店のキムチチャーハンには必ず炒り卵を乗っけてもらうし。お水もたくさん飲むし。そんな俺でも食べられちゃう辛さだったりするのよくあるじゃん。カップラーメンとかだと特に。それみたいにさ「なぁんだ。媚薬なんていうからもっとなんかすごいことになるのかと思ったのに」って、肩透かしって感じになるんだと思ってたんだ。
だって、本当にさっきまではなんともなかったんだもん。
「ン、んんんっ」
なのに、千尋さんの声を電話越しに聞いただけで、俺の身体のどこかにスイッチでもあったのか、急にこんなふうになっちゃったんだ。
「あっ……ぁ……やだっ、なんでっ」
唇に触れてもらえただけで、イッちゃうなんて。
「ったく」
「ンっ」
腰を鷲掴みにされるだけでも、なんかすごい声が零れ落ちちゃう。感度、振り切れちゃってる。
「俺が満足してないと思ったのか?」
「っ、だって、もう三年……」
三年も一緒にいるのにさ、ちっとも上達してないし、何かこう、技? みたいなのもないでしょ。いつも千尋さんにリードしてもらってばっかでさ。
「けど、俺、全然上手じゃない、し、さ、誘ったり、でき、ない」
少しくらいそういうのできる方がいいじゃん。
偶然聞いた浮気しちゃったサラリーマンさんの話を鵜呑みしてるわけじゃないんだ。でもさ、でも、本当に俺、下手だから。
「……はぁ」
「!」
「バカ」
ソファの上でぎゅっと丸くなっていた俺をモデル体型バリバリの千尋さんが包むように抱き締めながら、額をコツンって当てて、ものすごく呆れたって溜め息を零した。
バカって。
「食ったの、これか?」
「う、ん」
「……ネットで買ったのか?」
「……うん」
「とりあえず、その送り状とかあっただろ。それ後で寄越せ。それで?」
「?」
何?
「頭痛とかは? 吐き気とか」
「な……い、です」
「腹痛とか、違和感は」
「へ……き、どこも痛くない、です」
「……はぁ、ったく」
「! ちょ、ちひ、千尋さんっ?」
また、溜め息を溢されちゃったって思ったら、俺をそのまま、まるで米俵みたいに肩に担いで。
「わっ、あっ」
そして、そのまま冷蔵庫に向かって、多分何か取って。
「千尋、さんっ」
今度はそのまま洗面所に行って、それから。
「ねぇっ! 千尋、さんってばっ」
そのまま、俺を担いだまま寝室に向かって、ベッドへさっき取ったんだろうバスタオルをざっと敷いて。そのベッドに寝転がされた。
「とりあえず水を飲め」
「ン……ン、ク」
口移しで水を飲ませてもらうのさえ、身体が震えた。
「!」
や、だ。今、そこ触っちゃヤダってば。
「待っ、ダメ、見ちゃっ、っ!」
口移しで飲んだ水に喉を鳴らしていたら、ルームウエアと下着をそのまま引っ張られて、慌てて手で抑えようとしたのに、今の俺にそんな抗う力なんてなくて。
「っ……やっ……」
見られちゃうって手で隠して身体をまた丸めようと。
「ドロドロだな」
「っ、ごめっな、さいっ、俺っ」
「バカだな」
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。下着、すごいことになってた。
それに自分こそ知ってる。バカでぶきっちょで、へたクソで何してんだって呆れられるって。でも、俺は――。
「飽きてる相手を毎日抱くわけないだろ」
「!」
「飽きてる相手に早く会いたいって、急いで仕事終わらせるわけないだろ」
「っ」
「どんだけ、今も好きだと思ってんだ」
「で、も、俺」
「上手じゃない?」
うん。上手、じゃないでしょ?
「それで最近、なんか変だったのか」
「?」
「妙に夜になるとソワソワしてただろ。なんかあったのかと思ってこっちは気が気じゃなかったぞ」
リードしたくて、あれこれ頑張ってみたり。
「最中、何か落ち着かない様子だったし」
誘惑してみたくて、どうにか言い出そうと口をパクパクしてみたり。
「その次はなんか言いたそうにしてたし」
ここ最近ずっと色々頑張ってたんだ。
「俺は、てっきり、しつこいって思われてるかもって」
「?」
「毎晩」
「!」
毎晩、その、抱いてくれたのは。
「物足りないとか、じゃ」
「そんなわけあるか。でも、まぁ」
「?」
千尋さんが笑った。不敵な笑み。誰よりも最強な人の笑み。
「いつも、我慢はしてたけどな」
俺の好きな、千尋さんの笑った顔。部屋に飾ってあるウエディングフォトでいっつも見惚れちゃう、俺の、旦那様の笑顔。
「お前のこと、抱き潰さないようにって」
「!」
「でも、今日は」
「あ、あのっ」
慌てて、ドロドロな自分を隠そうと着ていた服を伸ばしたけど。
でも、ほら、もっと不敵な笑みのスイッチ入っちゃった。
「我慢しなくてよさそうだな」
「! ……ン」
「環」
「あっ」
首筋のキス、溶けちゃいそう。
「本当、バカだな」
「っ」
「自分から、美味そうな身体になって」
「あっ」
ホント、溶けちゃう。
「さてと」
「あ……千尋、さんっ」
「遠慮なく、いただくか」
「あっ!」
敏感すぎてどうにかなっちゃってる俺は、さっき食べたチョコレートよりも濃厚で甘くて、美味しいキスに、身体の奥がじんわりと濡れて柔らかく火照ってしまうのを感じてた。
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