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第2話 それは脅しというんです。

 ウエディングという一生に一度の素晴らしい日に注目されるのは、花嫁ならドレス、花婿ならタキシードだと思います。ですが、靴もその大事な一日を支えるとても大切な部分だと考えております。高いヒールでも安定してドレスを美しく見せるパンプス、タキシードの裾の皺まで計算されたドレスシューズ、自分が今までに学んで来たデザイン知識をフル活用し、全ての花嫁、花婿に、そして、貴社に貢献したいと思っております。  面接の日、俺はそんな作文を丸暗記しておいたんだ。絶対に聞かれるだろう志望動機をそれらしく、頭良さそうで立派な感じに並べて繋げて、「動機」として用意していた。 「ずっとじゃなくていい。今度わが社が立ち上げる新レーベル、それが軌道に乗るまでの間だ。それが終われば、給与はアップのまま好きな部署に配属させてやる」 「あ、あの……どうして、俺、なんです?」  でも、実際に、その「動機」として言えたのは最後のところだけだった。グループ面接で他の人はすごく頭の良さそうなことを言ってた。専門知識をたくさんその場で披露していて、デザイン部希望っていうのもあったんだろうけど、面接を受ける人達の経歴がもうハンパじゃなくて。何期コンクール受賞とかさ。デザインの知識だけ持ってますっていうのじゃなくて、今すぐにでも、戦力になれるんじゃないかっていう人たちばっかで。努力した、だけじゃなくて、その先にある結果を持ち込んで、皆は面接を受けていた。  勉強頑張りました、なんて言おうと思ってた俺は大慌て。  頭ん中真っ白になっちゃってさ。用意していた「動機」を言えなかったんだ。 「専務が覚えていてくださった、その志望動機だって、面接官の方には」  かすかに笑われたのを覚えてる。  ――はい。えっと……あの……。  面接で無言とかまごつくのは厳禁だって、とにかくなんでもいい、たいした発言じゃなくてもいい、ただ、話し続けろと教わったのに、もう出だしでつまづいて、余計に慌てた。  ――あの、結婚式の……その……笑顔の手伝いがしたいなぁって、思ったんです。  ツッコミどころ満載だった。笑顔の手伝いなら靴じゃなくたっていいだろう? どうして、靴メーカーを選んだんだ? とか、その笑顔の手伝いをするために、デザイン部を希望したのか? 何も実績を持っていないのに? 学校の評価もたいして高くないのに? 別にデザインじゃなくたって、流通部でもなんでもいいだろう? そんなツッコミすらされないくらい、無言でスルーされた。  実際、俺が配属になったのは流通部の中の現地スタッフ。それこそ、靴を履いた花嫁花婿の笑顔を一番間近で見られる部署だった。 「たしかに実績も何もない」 「……」 「ここでの仕事も大活躍、とは言いがたい」  並べられた言葉に項垂れるしかない。だって本当に仕事が下手だから。昨日だって、花嫁さんはオフホワイト系のドレスで大人っぽくしたいと言っていたのに、用意したのは真っ白なパンプスで合わなくて、倉庫からもう一度運び直したり。 「でも、笑顔の手伝い、がしたいんだろ?」 「……ぇ?」 「だから、お前がいいと思った」 「……あ」  ただそれだけで? 他の面接官には失笑もんだったのに? 「で、でも、そんな不器用で仕事もたいしてできない俺が専務の右腕になんてなって、他の重役の方とか、認めてくださるとは」  もっと能力がある人がいるだろう。笑顔の手伝いがしたいってだけの、こんな新人を片腕にしたってたかが知れてる。っていうか、専務の周りにいるだろう能力のあるスタッフの中で俺はやっていける自信なんて、ぶっちゃけ、ない。 「あぁ、それなら大丈夫だ」 「へ?」 「右腕兼」  兼……。 「パートナーだからだ」 「パ…………」 「同性だからわかりにくくなるな。つまりは夫婦になるからだ」 「ふ…………」  一瞬、世界が止まった。ていうか、俺が止まった。 「ええええええええ!」 「お前、リアクションも頭悪そうだな」  悪くもなるよ。一瞬、何も考えられなかったんだから。パートナーって、夫婦って、今、専務がそんな単語を口にしたような、してないといいなって思ったような。 「祖父が変わった人で、ウエディングの靴メーカーなのに結婚してない奴がトップになってはいけないと遺言でご丁寧に残していった。で、今度、新ブランド立ち上げを踏まえて、その新ブランド成功を引っさげて、俺に代替わりにすることになったわけだ」  代替わり、あぁ、そっかこの人が次期社長に、なる? え、俺を右腕にして? 右に俺がいるの? 仕事で、そんで、夫婦として? 右? 左? っていうかさ。 「あああ、あの、俺、男ですよ」 「あぁ、知ってる。男じゃないと困るんだ」  なぜに困るんだよ。 「俺が、ゲイだから」 「…………」 「知らないのか? 別に同性婚はタブーでもなんでもない。今時、ゲイだから結婚できないとかそんな時代遅れなことを言ったりしないよな?」 「……」  いや、あの、ゲイに偏見とかそういうことじゃなくてさ。あの、俺の面接の時の質疑応答じゃないけど、ツッコミどころ満載すぎてさ。 「えええええええええええ!」 「だから、リアクションがバカそうだぞ」 「だ、だだだ、だって、あのっ俺、ゲイじゃないです」 「あぁ、言っただろ? 新レーベル立ち上げるまででいいと」 「あの、俺、仕事できないんです!」 「自分で言うなよ。わかってる。でも、俺はお前の笑顔を作るっていう答えが気に入った」 「絶対にいびられます」 「大丈夫だ。お前は社長の嫁になるんだから」 「でも! あの俺、ゲイじゃないです」 「だから、新レーベルが軌道に乗るまでのことだ」  すごく、堂々巡りな会話――のように思えるけど、でも、今、ちょっとだけ違ってなかった? さっき専務は立ち上がるまでって言わなかった? けど、会話二巡目の時、それが軌道に乗るまでって、期間が伸びたような気が! するんですけど! 「でもでもでもっ」  無理でしょ。普通に非現実的すぎるでしょ。結婚も、右腕も、意味わかんないよ。現場の仕事もできてないのに、昨日の仕事残しっぱなしなのに、そんな奴がこの会社のトップの右側にいるんだよ? 何度考えても、考えるだけで失神しそうになる。 「でもっ」 「……はぁ」  思いっきり、この会話が面倒だって吐き出された溜め息。 「あんまりこういうのは好きじゃないんだが」 「……ぇ?」  背中に激突した時、ヤのつくお仕事をされている方なのかと思うほど強面だと思った。低い声、鋭い眼差し、後ろになでつけた黒髪、モデルのようにすらりとした肢体で着こなすハイブランドのスーツ。それはものの見事にマッチしていて、絵になりすぎて、怖いくらいの迫力だったけど。 「…………」 「ヒィィ!」  無言の笑顔のほうが震えるくらい怖いだなんて。 「心配するな。結婚っていう体をとるのは重役の前でだけだ。会社中に知れ渡るわけじゃない。レーベルが軌道に乗りさえすれば解消する、ただの肩書き。だから手伝ってくれるか?」 「……ででで、でも」 「あと、そうだな。こういったら頷いてくれるか? スーツのことは気にしなくていいぞ? ちなみにこのスーツの値段なんだが」  ニコッと笑顔が言い放った恐ろしい金額に目の前が真っ白になりかけた。

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