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第24話 ビーム攻撃

 いいんだけど。別に童貞とかバージンとか、そういうのはどうでもいいんだけど。なんていうの? 自分のアホさ加減がただ露呈しただけっていうかさ。こんなおっちょこちょいな奴のどこが千尋さんはいいんだろうっていう、な謎が色濃くなるばかりでさ。  それよりも、成木さんにバレてしまった。いや、なんだろ、もう最初から成木さんには筒抜けっていうか、見透かされてたっていうか。  ――え? だって、専務のあのヘラヘラ笑いと、それとたまちゃんのうなじんとこのキスマークでしょ? それから、専務の、これは俺のもんだからビームでしょ? あとね、たまちゃん、専務に呼ばれる度に真っ赤になって、好き好きビーム連射だよ? わかるでしょ?  相互でビーム出し合ってるんですか、俺たち。初夜完遂って、丸わかりなんですか。でも、だからってそんな初回が成功したってわかったって、回数まではわからないじゃん。  ――わかるよ~。あの専務のおもんぱかる感じ? 昨日、歯止め効かなかったからな的な感じがむっちゃしてますけど? 明日、休みなのに、それまで待てないっていう、この恋の暴走してる感じがさ。  そこで成木さんが可愛い系の顔をキリッと引き締めて、俺の肩をバンッ! って叩いて掴んで、フリーズしたまんまの俺に向かって。  ――ごちそうさまです! って言われて、心の中で大絶叫してた。なんですか、そのおもんぱかるって、だってだってだって。 「佐藤くーん! ごめん、ちょっといい? 」 「あ、はい! おっとっと」  小早川さんに呼ばれて、慌てて立ち上がったら、腰に力が入らず、カクンとその場で尻もちをつきかけた。 「バカ、気をつけろ」  でも、尻もちはつかなかった。さっき向こうで加納さんと打ち合わせをしていたはずの千尋さんが後ろにいて、膝から崩れ落ちそうな俺の腕を掴んでくれていた。 「あ、千尋、さん……」 「今日はあんま無理すんな」 「あ、あの」 「って、俺のせいだけどな」  そして、口元だけわずかに笑って、俺の頭を、今、くしゃくしゃにした。今朝は、ほら、ホテルにふたりで泊まったから、いつもはほんのりとお情け程度につけてるワックスも全然つけてなくて、朝方洗ったままの髪だったから、くしゃくしゃにされたからってどうってことないんだけど。けど、俺の心臓にとってはどうにかなっちゃうようなことで。  この人とあんなことやこんなことをしてしまった俺にとってはさ。  俺のもんだビーム出てるのかな。俺、好き好きビーム出してるのかな。 「昨日、歯止めが効かなかったからな」 「!」  シリアスな声色、切なげな表情、そして熱を少し感じる視線。ついさっき、成木さんがして見せてくれた千尋さんの真似とセリフのまんまを今、ご本人登場でやってもらって、照れと萌えとツボを力一杯押されたことによる絶叫が心の中でこだました。  そして、振り返ると成木さんがお腹を抱えて、声を噛み殺し、肩を震わせ、大爆笑をどうにか堪えながら試作のパンプス用のカラーサンプルを握りしめていた。 「はぁ? そんなの知るか」  帰りの車の中で苦情を上司に申し立てると、そう返された。成木さんめっちゃ笑ってたじゃん。千尋さんはそんなつもりないんだろうけど、でも、成木さんに朝方までしてたって察知されてさ、初心者の俺はちょっと照れるんだよ。セッ……セッ、クス……初めてしたんだから、そんな平然となんてしてられない。そりゃ千尋さんにしてみたら、別に初めてのことじゃないんだろうけどさ。たくさんしてきた中の一回ってだけなんだろうけどさ。キス、だってめちゃくちゃ気持ちイイんだ。きっとたくさんの人とたくさんしてきたと思う。俺はそのたくさんいた恋人の中の――。 「なぁ、環」  車の外を流れる景色だってさ、千尋さんだと、ただの景色じゃなくなる。光が流れるように見えて、キラキラが増して眩しいほど。こんな人の恋人になりたい人は男女ともにたくさんいると思う。  車の外を眺めながら頬杖をつく横顔は見惚れてしまうほど。その黒い瞳を俺へ真っ直ぐ向けられるとドキドキしすぎて蒸発しそうになるから、今、横を向いている隙にたくさん見ておきたい。今、この隙くらいしかないんだ、じっくりとこの人を見られるのなんて。 「明日、休み……だな」  そんなの言われても「はぁ」って適当に生返事だけにして、横顔を見つめることに忙しい。 「何か、予定、あんのか?」 「……へ?」 「明日だよ」  せっかくたくさん見ていられると思ったのに、もう外を眺めるのをやめてしまった千尋さんが真っ直ぐこっちを見るから、ほら、心臓が騒ぎ始めた。なになに? 明日? 明日の休みは、って、慌ててる。明日は。明日の予定は。 「な、い……です」  あるよ。洗濯物して、部屋掃除して、冷蔵庫の中に食料足しておかないといけないんですけど。あと、たしか、もうミネラルウオーターもないと思ったし。 「あっそ。そしたら九時に迎えに行く」 「……ぇ?」  そして、また窓の外へと千尋さんの視線は移動した。だから、俺もまた、千尋さんの横顔を見つめることにしたんだけど。  落ち着いてなんて見られなかった。エンジン音もしないハイブリッド車の中はとても静かで、外の雑多な音が遠くから少し聞こえるだけ。そんな中で、俺の心臓が忙しなく動き回って、ドコドコと太鼓みたいに内側で音を鳴らしてる。ドキドキしてる。  だって、この人の耳がすごく真っ赤だったから。  冬のコートにはまだ早いよね。かといって、秋物のコートって、スーツ用のトレンチしか持ってなくて、トレンチでもいいんだけど、俺、それに合いそうな綺麗系の私服を持ってない。もちろん、靴もない。デザインの仕事に就きたいわりには秋物と春物に乏しい俺のクローゼットの前で思い悩むこと数時間。  俺、黒って似合わないんだよね。でも、きっと千尋さんはそういうの、嘘みたいに似合うだろうから、俺は少しでも釣り合いたくて、少し肌寒いかもしれないけど、深いグリーンのニットにした。その上にカーディガン羽織れば大丈夫だろ。本当は、中にシャツを着てちょうどくらいかな。でもニットにシャツ着ると途端に学生っぽくなるからやめた。パンツは濃いブラウンか、もう少し赤みのあるブラウン。で、赤みがあると、早とちりしてクリスマスカラーにしちゃった人みたいになるから、濃いめのを選んで。 「う、うーん」  そして今は髪型に悩んでる。横に流すか、くしゅくしゅにして……あ、ガキっぽい。やっぱ、横に流す? 千尋さんが大人っぽいから、できるだけ、シュッとさ。シュッとさせたいんだよ。 「リーマンかっ!」  リーマンだけど、そうじゃなくて、これ眼鏡かけちゃったら、学生が仮装大会でするようなダサリーマンだから! 「あぁ、時間がっ」  不器用なんだよね。秋物、春物も持ってないし、服のコーデもバリエーションも乏しいし、髪のセットにすら四苦八苦だし、デザインの仕事、そりゃできないよ。これじゃ。自分のカッコいいスタイリングでさえ迷子なんだから。っていうかさ、これで服のチョイス合ってるの? デートって、どこに行くんだろ。九時に迎えに来てくれるって言ってたけど。 「!」  その時、チャイムが鳴った。時計を見ればちょうど九時になるところ。単身者、しかも男性ばっかの安いアパートにオートロックなんて素敵なセキュリティーはなく、このチャイムは玄関扉のところで鳴らされている。 「はっ、はいはいはいっ」  ほら、玄関開けたらそこには――。 「今、開け……」 「……」 「ま」  そこには、心臓止まるくらいにカッコいい人がいて、俺を見て、そして。 「す、っ」  挨拶の代わりにはちょっと不向きな、深くて、心臓が止まったばかりの俺には眩暈がしてしまうような、濃厚なキスが待ち受けていた。

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