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第38話 ツボなんて押してません。

 頑張るんだ! 俺! 今しかないんだ! 男だろ! 「ひょぇぇ」  そう自分を鼓舞してみても、情けない声がどうしても出てしまうくらいには、今、途方に暮れている。 「えぇぇ……」  だって、入らないんだもん。 「ッ……っ、ふぐっ」  俺の、指。  今しかないんだ。シャワーに千尋さんが行っている間に済ませないと、いけないでしょ。ほら、あれ、色々ある前準備? ほぐす的なやつ?   千尋さんを風呂場に押し込めてから、慌てて家着の下を脱ぎ、バスタオルを敷き、その上に鎮座……っていうか、座って、そんで、ローションを手の温度で温めて、それから指をとりあえず一本。 「……」  一本すら、入りません。旦那様。 「えー……マジで?」  っていうかビビるでしょ。ビビるけど、でも、自分でしないとさ。いっつも、千尋さんは俺の身体を思って、準備にすごく時間をかけてくれる。たっぷりと、トロトロに柔らかくなって、頭の芯が蕩けるくらいまで熱くほぐされて、欲しくて欲しくて、たまらなくなった頃、ようやく来てくれる。  でもさ、千尋さんのはもうその頃、限界って感じで、熱くて、ちょっとで触れるとしかめっ面になるくらい。いっぱい我慢させてるんだろうなって思うんだ。毎回、いっつも、それじゃ申し訳ないっつうか。これからずっと一緒にいるんなら、その前準備とかも俺が一人でできたほうがいいかなっつうか。  そしたら、千尋さんにあんな我慢させなくていいじゃん? 痛そうなくらいまで待たせなくて済むでしょ? だからさ。  そう思ったんだけど。思って頑張ってみたんだけど。  でも! これ、ちっとも入らないんだけど! 指一本とかそういうレベルじゃなく入らないし、入らないから緊張して余計に入らなくなるし。時間だけが無駄に経過する中、尻丸出しで途方に暮れている。  早くしないと千尋さんが出てきちゃうじゃん。そしたら、またあんなに我慢させちゃうっていうのに。  ――環……。  ――ぁ、ン……だめ、ですっ、シャワーを、俺、汗臭いから。  ――気にしねぇよ。むしろ。  ――だっだめえええええ!  そう叫んでまで突っぱねたんだ。あのまま気持ち良くなってしまいたい衝動を、あの良い感じに甘い雰囲気を必死の思いで断ち切ったんだから、頑張れ俺! 「……っうぐ」  指一本くらい、男なんだから、そんくらい。 「うー……頑張れ、俺っ」 「頑なにシャワー先っていうから何かと思えば。……何してんだ」 「んぎゃあああああ!」  びっくりした。なんで足音ひとつさせないんだよ。っていうか、なんつう格好の時を俺は見られてるんだよ。自分のお尻に指を入れようとして入らず唸って、自身に声援を送る姿なんて。これじゃ、初恋どころか、百年の恋だって冷めちゃうじゃんか。 「前準備、しっ、しとこう……かと」 「なんで」  引いちゃったかな。恋も、冷めちゃったかな。でも、俺は、シャワー直後で黒髪の先から雫を滴らせるこの人を見て、冷めるどころか火照るんだけど。今、頑なに指を拒んだ箇所がきゅっとなって、なんか、熱くなってくんだけど。 「今まで痛かったか?」 「へ?」 「セックス。ほぐし足りなかったか?」 「! ちがっ、そうじゃなくて! 全然足りてます!」 「痛みは?」  千尋さんは俺がセックスに痛みを感じてて、そこを、孔のとこをほぐせてないから、自分であらかじめしておこうとしてたって、勘違いしちゃてる。そうじゃないんだって、慌てて首を横に振った。 「いっ、痛くなんてないです!」 「じゃあ、翌日」 「じゃなくて! そうじゃなくて! すっごく気持ちイイです! 千尋さんとするの」  シャワー直後で肌からほのかに香るボディソープにさえドキドキして、色気っていうかフェロモンすら漂わせている目の前の旦那様を直視することもできないまま、首を振りながら、自分の手元だけを見つめながら、ポツリと呟いた。 「俺、慣れてないでしょ?」 「……」 「きっとすごく面倒だろうなって。他なんて知らなくて、千尋さんだけだから、わかんないけど、貴方としたのが初めてだから、その身体がこういうことに慣れてないっていうか、するのに、柔らかくないっていうか」  実際、自分でほぐすのすらビビるくらい初心者で。孔なんて触れただけでもビクッとするくらいだし、そう呟く色気皆無の俺の声が寝室に響いた。 「千尋さんにも我慢させてるって思うし。慣れてないから、ほぐすの時間かかってるんだろうなって。いつも千尋さんを限界まで待たせてるでしょ? い、痛そうだもん。だから、今日くらいは」 「お前さ」 「!」  自分の手元ばっか見てた俺は、突然、目の前に出現した色男に、心臓が止まった。 「俺のこと、萌え殺そうとしてる?」 「っ」  違うよ。今、千尋さんが俺の心臓止めたんじゃん。 「ほっんと……お前の、無自覚は……」 「?」 「腹立つくらい、俺のツボばっか押しやがって」 「っ? ンっ……ん、ん」  ぶつかるようにキスをして、奪うように舌を絡められて、唇で押し倒された。ベッドの上に寝そべった。かと思ったら、身体をひっくり返されて、そして。 「こうやってほぐすんだよ」 「ぁっやぁっ……ン、ぁ、あぁ、ぁ、ウソっ」  さっき、あんなに入らなかったのに。俺の指一本すら、全然入れてくれる隙間なんてなくて、自分の身体なのにすごい勢いで拒否されたのに。 「やぁっ……ぁ、二本っ」  千尋さんの指と一緒に埋め込まれていく自分の指にびっくりした。 「あっ……入っ」  中、こんなに熱いんだ。俺の中って、こんななんだ。 「んで、このまま乳首をいじってやると」 「んひゃああああっ!」  きゅっと乳首を摘まれたら、中がぎゅっと指を締め付けた。孔の口んとこがキュンキュン締めて、中がくねってる。 「環……」 「っんやぁっ」  名前を呼ばれただけで、乳首をいじられてる時みたいに中が締め付けた。隙間なんてなくて、指二本をぎゅうぎゅうって、まるでしゃぶるみたいに、指に絡みつく内側は自分の身体なのにひどくやらしくて。 「あっ、あぁっ、千尋、さっ、動かしちゃっ」  恥ずかしい。指同士が俺の中で繋がって、俺の中で絡まり合ってる。狭苦しい中を俺と千尋さんの指が擦って、拡げて、孔の口を出たり入ったり繰り返して、そのたびに聞こえる濡れた音も卑猥で。 「ひゃぁっん……」  乳首を摘まれて、指で引っ張られて、爪で弾かれて、ピンと育った先端からじんわりと気持ちイイのが広がって、身体の中心にそれが集まってくる。 「環の中、熱いだろ? 指でトロトロになるまでほぐして、この中、もっと奥まで、俺で埋まるんだ」 「あぁっ……ン」 「乳首をいじってやると、余計に中がしゃぶりついて、奥まで突き立てるとお前がすげぇ」  千尋さんの声が気持ちイイ。 「エロい顔して、俺のことを呼ぶ」 「……ぁっ!」 「背中に爪なんて立てられてみろ。痛みすら、お前とだったら快感でしかねぇよ」  俺もそう。痛いのだって快感になっちゃうんだ。乳首なんて抓られたら痛そうなのに、それでも、この人の指だと全部が愛撫にしかならなくて、全部が気持ち良く感じてしまう。 「あぁぁぁぁっ!」  そんな指にペニスの先を撫でられて、もうさっきから滲み出してる先走りを先端に塗られて、そのままこの掌に包み込まれたら。 「ぁ、千尋、さん……」  欲しくて欲しくてたまらない。 「わかったか?」 「……?」  指が抜けたら、中が急に物欲しそうにヒクついちゃうじゃん。 「前準備もお前とだったら前戯でしかねぇよ。だから――」  スプリングが傾いた。千尋さんが乗ってきて、心臓が飛び跳ねる。 「だから、人の楽しみ、取るなよ」  変な人。ほら、やっぱりすごく熱くてすごく硬くて、こんな触れただけで痛そうなしかめっ面になっちゃうくせに、楽しみだなんてさ。申し訳なくなるくらい、いっぱい我慢させてるのに、初めてで何もかも不慣れで面倒をかけっぱなしで。  でもね。 「千尋さん……」  でも、貴方に大事にされるのが嬉しくて、面倒で申し訳ないって思いつつも、男なのに、甘えたくてたまらなくなるんだ。 「あの……」

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