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第40話 平凡で素晴らしい毎日を
「朝飯は? おにぎりにしてやろうか? あー、でももっと消化の良いもんのほうがいいか。お粥? おじや? あ、うどんがいいなら、買って」
「あの、それ、完全、看病です。むしろお腹空いてます」
「……じゃあ、肉」
「今度は朝食に重すぎです」
それと、俺の世話しすぎ。
「おにぎり、食べたい、です」
リクエストしただけで、「おし!」って嬉しそうに笑う千尋さんなんて、成木さん達が見たらびっくりしちゃうよ。
「お前は動けないんだから、じっとしてろよ」
「はぁい」
変なの。動けなくした張本人のくせして。そんな俺の胸の内くらいきっとわかってる旦那様はとっても満足そうに笑って、俺の額にキスをひとつして、ご機嫌でキッチンへと向かった。
あ、ちょっと見えてる。ほら、後ろ、Tシャツの襟口のところから、ちょっとだけ俺が昨夜から朝方までにつけた引っ掻き傷がちらりと顔を覗かせてた。背中のちょうど肩甲骨のあたり、俺が抱きついて手が届く範囲に残るいくつかの爪痕。激しく揺さ振られる度に千尋さんにもっと深く来て欲しくて自分からもいっぱいしがみ付いたんだ。そんなふうに欲しがった分だけ刻まれた痕が、ちょっとチラッと見えてて、恥ずかしい。
痛いんだってさ。
これ、痛くないんですか? って訊いたら、とても嬉しそうに。
――いてぇよ。
なんて、ドヤ顔で言ってた。何言ってんの? だよ。痛いのに喜んでるなんてさ。
シャワーも沁みるんだって。昨日、一緒に風呂入った時に教えてくれた。昨日は、その、中に、出して、もらったから。終わったら掻き出さないとお腹が痛くなるらしい。そうなのかと、風呂入らないとって、ベッドから抜け出ようとして、そして、中からツーッと、あの人の体液が伝う感覚にびっくりして。びっくりしたら腰がふにゃふにゃだった俺はよろけて。
――馬鹿。連れてくから慌てるな。
お姫様抱っこをされてしまった。女の子だったら大喜びするワンシーン。愛しい人に大事そうに抱えられて浴室でも宮殿でも、どこでも連れ去られたら内心黄色い悲鳴。
――ちょっ! 何してんですかっ!
なんて言いながら、内心、俺も悲鳴を上げて心臓バックバックさせて、そんで、嬉しかったから。
――中出しされて、俺の零しながら歩いて。
――あっ……ン、ぁ、やだっ、千尋、さんっ、あぁあっ! ンっ!
――中、指で掻き出されて感じて。
――だって、そこっ……ンンっ、ひゃぁっンっ! イっちゃうっ!
風呂……どんだけ入ってるんですかってくらい、そこでもイチャついた。
っていうか、でも! 仕方ないじゃんか。もう全身気持ち良くされて、いっぱい千尋さんも気持ち良くて、そんで中にされたのだって、すごく、色々良くて、トロトロに心と身体両方ともされちゃったんだから。そりゃ掻き出すための指にだって感じちゃうじゃん。中がきゅんってしちゃうじゃん。
何回しちゃったのかなんてわかんないくらい、たくさん、たくさんしたんだ。セックス。
「…………っ」
まだ、あの人が俺の中にいるみたいに感じる。すごく熱くて、すごく硬くて太くて、怖いくらい奥深くまであの人が俺の中に埋め込まれた。あの人は俺の中で、何度も達してた。たくさん、俺の中に――。
「っ」
今、そこに触れると、ビクンってして、自然と足の爪先が力を込めてしまう。自分の指だけじゃちっとも抉じ開けられなくてほぐすことすらできなかった孔のところは、千尋さんの指は飲み込んで、指なんかよりももっとずっと質量のある熱の塊にしゃぶりついてた。奥まで来てくれると、そこが蕩けたように柔らかくなって、でも、そのくびれまでわかるほどきつく吸い付いて。
「っン」
指でなぞっても、ドキドキしてるからか、つい数時間前まで千尋さんが中にいた孔の口はきゅんと窄まったまま。
「まだ足りなかった?」
「んぎゃああああああああ!」
お化けがすぐ真後ろにいたほうがもっとずっとマシだった。
「ちがっ」
「数時間前まで、中出しされてたのを思い出して、オナニー?」
「しま! しませんっ! してませんっ!」
「また、後ろだけでイきたくなった?」
「っ違いますってば! もう!」
意地悪な顔してる。
「また、次の休みな」
「ぇ? ……っん」
でも、そんな顔も好きだから困る。
唇の端を吊り上げて笑って、そんで、衝突みたいなキスを俺にくれる。俺がいつも千尋さんにする拙いキスの真似をして。
「俺、お前がくれる、このキス、すげぇ好き」
「? そんな下手なのがですか?」
「あぁ」
千尋さんが俺にくれる甘くてトロトロに全身から力が抜けるような、気持ちイイキスと全然違うのに? 激突して、歯だってたまにあたるようなそんなのが? 美味しくなくない?
「拙くても一生懸命で、愛しくなる」
「……」
「必死に好きだってぶつけるようなキス」
だって、好きなんだし。それに、一生懸命でしょ。こんな人を射止めるのも、射止めてしまった後もきっと大変だ。
「すげぇ好きだよ」
「……」
きっと大変だろうけど、でも、頑張るよ。この人を一生独り占めしてたいって、生涯愛してるから。
「俺も、大好きです」
そう答えるとひたすら甘く微笑むこの人に、やっぱりどこかぎこちなくたどたどしいキスをして、されて、しばらくしたら、ねぇいい加減お腹限界! って腹の虫が苦情を申し立てていた。
千尋さんって、美形だけど、顔……怖いんだ。
「あぁ、そうだな。そっちは兄に連絡して確認してもらおう。あ、小早川、そしたら、これを」
ほら、今だってめちゃくちゃ厳しい顔をしてる。カッコいいよね。キリリと引き締まった表情は男らしくて、仕事すっごいできそうだし。実際できるし。
でもあんなに仕事できちゃう強面リーマンなのにね。次期社長なのに。今朝みたいな、あーんなデレた顔なんて見たら、皆びっくりしちゃうよね。加納さんなんて、執事でとしても仕えてるわけだから、あの締まりのないデレデレ笑顔はきっと知らない。成木さんだって、千尋さんのデレっぷりを知ったら。
「びっくりするだろうなぁ……」
「えー? しないよ? びっくり」
「え?」
今、俺がびっくりした。また、成木さんが俺の心の中を透視したらしく、ただ思考の欠片を口にしただけなのにしっかりと返事を、しかもちゃんと会話として成り立つくらい当たり前のように答えて、笑ってる。満面の笑みで、首まで傾げて。
「千尋専務のデレ顔でしょ?」
「!」
ほら! やっぱり読まれてる! 何? この人なんなんですか! も、もしかして、昨日俺が、初めて。
「よかったね。色々とさ」
やっぱりいいいい! やっぱり読まれてる! 中出しのこととか、それが気持ちよかったとか、お風呂も全部丸ごと、ぜーんぶ気持ち良くてトロトロだったって、バレてる気がする。成木さんの超能力すごすぎるでしょ。危ない。危険だ。この人の隣にいたら全部知られてしまう。
「千尋様のデレ顔ですか? あぁ、びっくりしないです」
「!」
まさかの、加納さんもなの? 何。なんでわかるの?
「私もわかるけど? 専務のデレぇぇってした顔でしょ?」
小早川さんも? ウソでしょ? ってびっくりして仰け反った。でも、失念してた。
「馬鹿。お前、ひっくり返るぞ」
「!」
今日の俺は腰がふにゃふにゃだったことを。
「お前、もう少し気をつけろよ。ったく。これからは俺の横にぴったりいさせるから、まぁいいけどな」
そして、知らなかった。千尋さんってば、俺を見る時、顔の筋肉緩めすぎ。
「ね? だから、言ったでしょ? びっくりしないって」
そんな千尋さんを何度も目撃していたらしい三人は何一つ驚くことなく、そのままで。
「環。イチャイチャすんのは仕事終わってからな」
「んな! しっ、してませんっ」
千尋さんは嬉しそうに笑ってばっかな王様で、三人もそれぞれ個性的で。そして、俺はそんな人達に囲まれる一般人その一として、今日も靴を作ろうと思う。
毎日が楽しくなる靴を、毎日を拙くとも一生懸命に、楽しく、愛しい人と一緒に、作っていきたいと、思う。
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