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第41話 スーパースイートウエディング

 パッセッジョ、ムトウブライダルの靴は、三兄弟の知識も合わさって、さらによくなり、順調に高評価で、そんで、けっこう大人気。  千尋さんも新社長として、高評価で、そんで、けっこうどころじゃなく大人気。ちょっとイヤだけど、すごく嬉しかったりもする。どうよ。俺の旦那様! みたいな感じ? イケメンで仕事できて、引き締めるところは引き締めつつ、でも、俺に見せる甘い笑顔が、また、すごく良いわけで。 「あ、ちょっと、千尋さん!」 「あ? なんだよ」 「ネッネネネネ」 「お前のネクタイ、曲がってるぞ。ほら」  内心、大絶叫だ。衣装ルームの大きな姿見の前に俺を立たせた旦那様が後ろから抱き締めるように手を伸ばし、ネクタイをし直してくれる。一回解いて、そして、長い指がシルクのネクタイをあっという間に結んでいくシーンはとても綺麗で、見惚れてしまう。 「んで、俺のも、直して」 「あ、はい」  そして、今度は向かい合わせで、旦那様の前でネクタイを直してあげる自分を見ては、その光景にうっとりなんかしちゃったりして。 「なぁ……環」 「はい?」 「今度、鏡の前でしてみような」 「は?」 「セックス」 「っば! っ……」  何言ってるんですか! っていう大絶叫を実際に上げる前、唇に衝突したキスで全部止められてしまった。 「ありがとな」  もう、ドキドキしたんじゃんか。結婚して一年も経つのに、いまだにこの人のいろんなところに心は踊って飛び跳ねて忙しない。好きっていうのだって、落ち着くどころか騒がしさが増すだけで、毎日、どんどん膨れてく。  今日は、千尋さんが社長になって一周年。  新ブランドと並行して進むブライダル関連業務、毎日忙しいけれど、毎日が充実していて、すごく濃密な一年間だった。その一周年に。 「あ、さっき、お前のお母さんがライン送ってきてたな」 「あー、はい」 「お前にそっくりだよな」  その一周年に結婚式をしようって、言ってもらった。 「笑った顔とかすげぇ似てる」 「げ……めっちゃはしゃいでる」  うちの佐藤家がぎゅうぎゅうに画面いっぱいに詰め寄ってきてる写真がラインに添付されてた。たぶんこれ、会場にあるでかいウエディングケーキの前だ。ほら、おじちゃんの後頭部から角みたいに突き出たケーキの先端が見える。それに、甥っ子の頭の上からは悪魔がよく手に持ってるでかいフォークみたいな武器、にしかみえないローソクが、チラッと見えてた。  何してんの? 佐藤家はしゃぎすぎじゃない? しかもそれを義理の息子になる千尋さんに送るってさ。  ――環のこと、宜しくね。  送るってさ。なんか、照れるじゃん。 「そろそろ俺たちも行かないとですよね。って、そうだ。さっき成木さんに二次会のことを言っておかないとって」  慌ててテーブルの上に置いておいた自分のスマホを覗き込んだ。 「……」 「成木、なんだって?」  そしたら、ラインが届いてた。千尋さんのお母さんから。写真付きで。とても嬉しそうに、ご自身の写ってる、そして、今日この会場に大きく引き伸ばして特大サイズにした、俺たちを繋げてくれたあのポスターの前で、今年のパッセッジョの新作パンプスを履いてはにかんで笑っている写真が。  ――千尋とたまちゃんの嬉しそうな笑顔を今日は楽しみにしています。私も飲みすぎないようにしなくちゃ。  千尋さんの長い指はお母さん似なんだって、その写真の中で笑顔の横に添えられたピースサインを見て思った。 「環?」 「ごめ、あのっ、これ、お母さんが」 「……」  なんか、涙が出てきた。嬉しくて、愛しくて、全部の時間が幸福すぎて涙が出る。 「……あぁ」  その涙を唇で受け止めて、キスしてくれる、最愛の人と今日結婚式できるなんて、涙が出ないわけ、ないよ。 「お前飲みすぎるなよ」 「うん」 「お前、飲むと、めちゃくちゃ可愛いからな」  何言ってるんだって呆れながら王様の隣を、俺だけの指定席を陣取った。 「千尋様、環様、ぁ……失礼しました。もう準備はお済みでしたか」  加納さんは千尋さんが社長になった時から、つまり、俺がこの人の花嫁になった時から、俺のことも「環様」なんて呼ぶ。いいよ、今までどおりにしてくださいって頼んでも、微笑んだまま元に戻してくれなくて、呼ばれる度にこそばゆい。 「どうぞ、会場のほうへ」 「あぁ」  この一年でたくさんのことがあって、たくさんの人に支えられて、今、ここにいる。前の職場の人も呼んだんだ。毎日失敗ばかりして迷惑をかけてしまった先輩はパッセッジョのファンなんだって。ちょっと、うーん、ちょっとじゃないかも。婚期はまだ訪れてないけれど、仕事に生きるって言って他から、いいのかな。パッセッジョの靴は痛くならないから、仕事でパンパンにむくんでた足がそうでもなくて、嬉しいって言ってくれてた。知念さんは転職した。ムトウブライダルで経験を積んで、今はウエディングプランナーとして仕事を頑張りつつ、今度結婚するんだって。  ブス三兄弟も来てるよ? 会場のど真ん中でふんぞり返ってそうだけど、案外、そういうところはしっかりしてて、花婿の兄としておとなしくしていた。あ、婚期は……まだ、こちらも来そうもない、かな? 「環」 「……はい」 「背中に激突して、鼻血出すなよ」 「っぷ、頑張ります」  せっかくのタキシードが台無しになっちゃうもんね。 「ぁ、お兄さん」 「あ、あぁ、今日は、その、おめ、おめでとう」  ブス三兄弟の長男、一番長細い人がほっぺた真っ赤にして、コホンと咳払いをひとつした。眉間に皺を寄せるのは社長譲りらしい。残りのふたりも、ほら、眉間に皺を寄せて、真っ赤な顔をしてる。風邪引いてるのかな。風邪菌も敵わそうなのに。 「ありがとうございます。あ、あの、新作の製造工程なんですけど」 「そっ! そんなことは会社ですればいい! 今日はせっかくの日なんだ! ほら、早く行きたまえ!」  笑ってしまった。だって、真っ赤になって、赤唐辛子そっくりだったから。 「おーい。たまちゃん!」 「おめでとう!」  成木さんと小早川さんがめちゃくちゃ美男美女の超絶お似合いカップルみたいに並んで手を振ってくれている。すごくお似合いなのに、片方は同性にしか興味がなくて、片方は恋に興味がないっていう、一番恋愛に発展することのないふたり、っていうのが不思議だ。  でも、まぁ、人生は予想どうりになんていかない。ままならないものだからさ。そういうもんなだろう。 「環」 「……はい」  この手を取るなんて、ちっとも予想、してなかったことだからさ。 「はい! それでは、お二人とも笑って!」  薄ピンク色のバラが敷き詰められて、甘い上品な香りが部屋に充満してた。 「はい! もう少し寄ってくださぁい!」  その部屋の真ん中。ふわふわと浮き上がる真っ赤なハート型の風船を手に手を取り合って持つ俺と千尋さん。 「はーい! 表情、もらいまぁぁす」  え、この? このドヤ顔の新郎で大丈夫? 俺とか、今、めっちゃ顔引きつってません? だって、この記念写真、バカップルすぎません? どやぁ……ですよ? 横の社長さん、どやぁってしてますけど。 「なぁ、環」 「はい?」  真っ赤な風船が千尋さんに合わせてちょっとだけ揺れて、俺の心臓みたいだ。貴方にずっと飛び跳ねてる俺の、ハート、なんて思ったのは、披露宴でたんまり飲まされたからかもしれない。だって、千尋さんのお母さん酒豪すぎるんだもん。 「じいさんになったら、同じポーズで写真、撮ろう」 「……」  この人と一生添い遂げる。 「……はい」  ――今すぐ、このジャケットを弁償するのと、俺の右腕としてこれから頑張って働くの、どっちがいい? 「絶対に、撮りましょうね」  あの日、台風でよかった。遅刻でよかった。滑って転びそうになる、てんてこ舞いな日でよかった。だから、恋に激突できた。鼻血、出て、よかった。  少女漫画みたいな恋の始まり。慌てて走って転んで、体当たりした誰かの背中、振り返ったその人はとんでもなくイケメン――それは運命の、出会い、だったんだ。

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