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第2話
◇
どれを見ても、一目で高級品と分かる家具に囲まれた広いリビングルーム。その続き間にはキッチンルームがあり、そこからデタラメだが、ご機嫌な様子が伺える鼻歌が聞こえてくる。
黒で統一されたシックなシステムキッチンでは、プレートにスクランブルエッグが豪快に盛り付けられる。せっかくの高級ブランドの皿も形無し状態だ。
鼻歌の主、成海 佑月 は、次に手際よくサラダを盛り付け、焼いたバターロールをプレートに乗せた。そして全自動のコーヒーマシンにコーヒー豆を入れ、セットした。
「よしっと。さて……」
大方の朝食の準備が整った佑月は、エプロンを外しながら置時計に目をやった。
「七時か。そろそろ起こすかな」
佑月の足取りは軽く、このマンションの主である男の主寝室の扉をそっと開けた。
キングサイズのベッドには、まだ夢の中であろう男が寝ている。この部屋も黒で統一されており、高級感溢れる革張りソファはベッドと同様、圧倒的な存在感を示している。しかしそれ以外の家具は無く、寝るためだけの部屋のようでテレビもない。無駄な物が無いため、広い部屋が更に広く感じさせられていた。
真っ黒なシーツは男の下半身だけを覆うように被せられ、剥き出しになった上半身は裸だ。というよりも、いつも男は全裸で寝ている。
四月も半ばとなったが、まだまだ寒い日はある。しかし全ての部屋は空調管理も整い、佑月も快適に過ごせている。だから全裸であっても風邪を引くことは、ほぼ無いと言ってもいい。
佑月はベッドに身体を乗り上げると、鍛え抜かれた逞しい男の腕を揺らした。
「仁、お早う。起きて」
「……ん……何時だ」
「七時過ぎたとこ」
男はモソモソと身動ぐが、まだ覚醒しきれないのか瞼が開かれることはない。佑月は仕方ないといった笑みを浮かべてから、更に身を乗り出した。すると突然、佑月の肩にずっしりとした重みが加わり、視界も急反転した。
「うわっ! ちょっと……」
男の腕の中へと捕らえられた佑月は必死にもがくが、その腕を外せたことは今まで一度もない。そのまま男に全身を預ける形となる。そして男の両の手が佑月の小さな尻を鷲掴み、やわやわと揉みしだいてきたのだ。
「こら!」
佑月はそんな男の手をペシリと音を立てて叩く。
「早く顔洗ってきて。朝食出来てるから」
男は不満そうに唸ってから、佑月を乗せたまま起き上がった。そしてベッドから降りた男に佑月はガウンを掛けてやる。
背が高く、体格も惚れ惚れとする程に逞しく美しい。男として羨ましい姿だ。
そんな雄の魅力を纏う男、須藤 仁 と出会ってちょうど一年。今は佑月の恋人である。佑月が傍にいれば触れずにはいられないらしく、須藤は佑月の尻を一撫ですることは忘れず、眠そうな顔で欠伸をしながら部屋を出ていった。
裏社会の実力者。ヤクザからも一目置かれ畏れられてもいる男。そんな男が無防備に欠伸をし、セクハラをする。セクハラとは少し語弊があるが、佑月が仕事中でも尻を触ってくることがあるため、そう言われても仕方ない。だがこんな姿が見られるのは自分だけだと思うと、佑月はどうしようもなく嬉しくなるのだ。
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