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第9話
「そうですか……。でも体調が悪い時はちゃんと〝上司〟に伝えてくださいね」
「は、はい……」
滝川が心配でならない佑月は、須藤よりも背が高い滝川を見上げる。それが上目遣いになり、かつ儚げに見つめられれば滝川は更に落ち着けなくなる。その顔が、男をも虜にしてしまうということを、佑月は知らずに無意識でしてしまうため、たちが悪く、須藤の心配の種になっているのだ。
ただ佑月本人は、ここ最近の滝川は頬を赤らめることが多くなり、体調が優れず無理をしているのではと真剣に心配している。須藤との同棲前は何かとトラブル、事件があり、滝川含め須藤の周囲は常にピリピリとしていた。神経を使うことが多くあり、少しの不調も気付かない程だっただろう。しかし近頃は、大きなトラブルもなく、気を張ることも以前に比べれば少ない。とあれば、そういう時に一気に体調を崩すことが多い。だから滝川もそうなのではと佑月は心配なのだ。
「偉そうなこと言って、すみません」
「い、いえ、むしろこんな私のことまで心配して頂けるなんて、とても嬉しいです」
滝川は照れ笑いを浮かべながら、表玄関に止まる真っ白なボディのBMWの後部ドアを、佑月のために開けた。佑月はいつも恐縮しながら礼を述べて乗り込む。体調不良でないなら、あまりしつこく言うのも滝川に悪いと思い、佑月はこれ以上口にしないようにした。
事務所が入る雑居ビル前に車は横付けされる。須藤のマンションからは約十五分ほど。滝川自身が宣言していた通りに、いつも安全運転で同じ時間に到着する。お陰で出勤はスムーズだ。
「今日もありがとうございました」
「はい、お仕事頑張ってください!」
「滝川さんも。運転、気を付けてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
滝川は佑月に軽く頭を下げてから車を出す。すっかり毎朝の恒例行事になってしまった。佑月は滝川を見送ってから、ビルに入る前に軽く伸びをする。そして多くの通勤者が行き交う中で、佑月はふと街路樹に目をやった。
すっかりお披露目は終わったとばかりに、桃色の艶やかな衣は脱ぎ捨てられ、今は華やかさも鳴りを潜め、景色に溶け込んでしまっている桜。来年のお披露目まで静かに眠る。葉桜となった街路樹を眺めながら、これからの一年、どんな年になるのか、ワクワクと楽しみにしている佑月がいた。
「佑月先輩、おっはよーございまーす!」
「成海さんおはようございます!」
「おはよう。陸斗、海斗、花ちゃん」
佑月が事務所に入ってから、およそ五分後に【J.O.A.T】(ジョート)の従業員三人が元気よく出勤してくる。これもほぼ毎日のことだ。
「なぁ、今日一の依頼、兄貴とだっけ?」
「そうだぞ海斗、忘れんなよ」
西内 陸斗は海斗の頭を軽く叩 く。二人の間に遠慮がないのは、見分けがつかないほどにそっくりな一卵性の双子だからだ。弟である海斗は自由奔放な面があり、明るく周囲を元気にする。そんな弟をしっかりサポートし、落ち着いた風格があるのが兄である陸斗なのだ。そして唯一の女性である徳田 花は双子の彼らより一つ年下で、かつ幼なじみだ。花は双子を上手くリードし、頼れる存在だ。そんな彼ら三人は明るく温かい人柄で、佑月にとって無くてはならない大切な従業員で、そして友人でもあるのだ。
「そういやさ、昨日歌舞伎町で、ほらこの間やってたドラマの主人公に似た男を見たんだよ」
「この間やってたドラマ? ワンシーズンに各局ドラマ何本あると思ってんの? それだけじゃさっぱり分かんないし」
海斗が意気揚々と語るのを、花が冷静に返すのもいつものことだ。
「だからあれだよ。今人気の奴!」
「だーかーら、それだけじゃ分かんないの! 今人気のってほとんどそうじゃん! なんかドラマのタイトルとか覚えてないの? 俳優さんの特徴とか」
海斗は花に怒られたことでムスッと不貞腐れた。
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