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第10話

 実は双子の実家は結構大きな極道一家だ。稼業には興味がない双子だが、見た目はそれなりの厳つい面構えをしている。怖いもの知らずな面もある。しかしそんな双子も、特に海斗は昔から花には弱い。何か弱味を握られているわけでもないのに、どうしても口達者な花には勝てないようだ。 「なんだっけ……。なんかナイフとかついてたような……」 「え? もしかして〝金のナイフ〟!?」 「あーそれだ! そう、金のナイフ!」  海斗と花のやり取りを、佑月は微笑ましい思いで眺める。陸斗は会話に加わらず、黙々と準備をしているが。 「ということは、それって支倉恭平(はせくらきょうへい)! 読モ出身で、めちゃくちゃ綺麗で足も長いのよね。とにかくイケメン! 演技も上手いし」 「何お前、あんなのがタイプなわけ? 怪しい路地裏でうろうろしてたぞ」 「怪しい路地裏? そんな所でなんで相手が支倉だとか分かったんだよ」  花が答える前に、陸斗は怪訝そうに海斗に問う。 「向こうはフード被ってたんだけど。それで視野が狭くなってたのか、オレにぶつかってきたんだよ。そん時に顔がチラッと見えて、すげぇ似てたからビックリしたって話」 「あ、そう。一瞬じゃ分かんねぇだろ。そんなことより、早く用意しねぇと置いていくぞ」  陸斗は質問しておきながら興味が無くなったのか、壁掛けの時計を一瞥してから、海斗へと顎をしゃくった。陸斗の場合、本当に置いていくことがあるため、海斗は慌てて依頼に必要な物を鞄に詰め込んでいる。 「それでは佑月先輩、オレらは先に第一弾行ってきます」 「ちょ、兄貴待てって! 佑月先輩行ってきまーす!」 「行ってらっしゃい。気を付けて」  二人が出ていくと、一瞬で事務所内は静かになる。花は申し訳なさそうに、佑月へと視線を移してきた。 「本当、いつになったらあの二人はというか、海斗は落ち着いてくれるんでしょうか」 「俺はいいと思うけどな。いつも元気で、見ているとこっちも元気になれるし」 「騒がしいだけじゃないですか。陸斗もなんだかんだと海斗を甘やかしてますし」 「あはは。花ちゃん厳しいね」  佑月が笑うと、花は自分がヒートアップしていたことが急に恥ずかしくなったのか、頬を赤く染めてしおらしくなった。佑月の前では可愛くいたいという女心ゆえなのか。 「おーーっす! ハニーいるか?」  大きな音を立てて扉が開く気配。確かめなくても誰が来たのか佑月には直ぐ分かった。花も慣れた様子で笑っている。煌びやかな姿で薔薇の花束を抱えた男は、遠慮なく事務所の中へ入ると、それをキザったらしく花に差し出した。 「どうぞ、姫」 「わぁー綺麗!! ありがとうございます!」  花は嬉しそうに薔薇を受け取り、浮き浮きとした足取りで給湯室へと消えていった。 「オレのユヅ! おはよ!」 「うっ……だから……くるし……」  事務机に座ってる佑月をわざわざ引っ張り上げ、熱烈な包容をしてくるこの男は、大学からの唯一の親友、皆川颯(みながわはやて)だ。少し長めのチェスナットブラウンの髪は綺麗に盛られ、高級スーツを身に纏う。まさに夜の世界のナイトといった風情だ。 「あー! 颯さんダメですよ! 〝オレのユヅ〟だとか、抱きしめるとか! 成海さんにはスパダリ須藤さんがいらっしゃるのを忘れちゃダメです」  花は花瓶に挿した薔薇を片手で抱えながら、颯を非難するように指を差す。 「花ちゃーん見逃してよ~。こういう時じゃないとユヅを独り占め出来ないじゃん」 「分かりますけど、抱きしめるのはアウトです」 「分かりました……」  颯はオーバーに泣き真似をして、ようやく佑月を離した。佑月はというと、二人の会話になど入れる訳もなく。ただ、居たたまれない思いで、そのままストンと椅子に腰を下ろした。  須藤との関係を、佑月自らカミングアウトしたのは颯だけだ。花ら従業員には直接伝えたことはない。しかし身近で見てきた彼女らは、いち早く佑月と須藤との関係を察知し、今では陰ながら応援までしてくれている。  まだまだ偏見もある世の中だが、メンバーや颯はいつでも温かく見守ってくれていて、友に恵まれている幸せを佑月は日々実感している。  しかし目の前で自分たちのことを会話に持ち出されると、酷く居たたまれなくなるのだ。

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