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第11話

「あ、そろそろ行かなきゃ。成海さん、颯さん行ってきます」 「おぅ! 行ってらっしゃい。頑張ってこいよ」 「行ってらっしゃい。気を付けて」 「はい! うわぁ超絶イケメン二人に見送られるとか幸せすぎる」  花は何やら嬉しそうにぶつぶつ言いながら、依頼へと出掛けて行った。佑月の依頼は昼からのため、まだ時間に余裕はある。颯は陸斗の事務机からキャスター付きの椅子を転がして、佑月の隣へとつけた。 「そう言えば、この時間でその格好って二部……にしては中途半端な時間だよな」  佑月は壁掛けの時計を確認する。時刻はまもなく十一時半だ。  颯がホストとして働く【ciel】は営業時間が二部に分かれている。一部は夕方から深夜まで。二部は日の出前の早朝から正午までだ。とは言うものの、二部は週に一、二日程度らしいが。 「あー、なんかちょっと駆り出されたっていうか、二時間ほど顔を出しただけ」 「そうか……大変だな」  佑月は依頼の書類をパソコンへとまとめていたが、相変わらずヘビーな仕事をする親友が心配になり手を止めた。 「大丈夫! ムリはしてねぇから」  颯は佑月の肩を抱き寄せ、ニカッと笑ってみせ、佑月を心配させないようにする。それでも佑月は心配してしまうのだ。酒を大量に飲むため、お節介だと分かってはいても、佑月は定期的に病院にも連れて行ったりする。 「本当に──」 「それよりこの前さ、ユヅの住んでたアパートの前通ったんだけどよ、見事に何もなくて寂しかったっつうかさ、なんかポッカリ心に穴が開いた気分になったな」 「あ……あぁ」  話の矛先を変えられ、まだまだ言いたい事があったのにと残念な思いが燻ったが、以前住んでいたアパートの話には佑月もすっかり颯に同調してしまっていた。  大学生の時に初めて借りたアパートは、二階建てで八部屋あった。お世辞でも綺麗とは言えず、壁も薄くて、隣のイビキなどもよく聞こえる程だった。しかし佑月にとっては城だった。寝に帰るだけのような部屋だったが、居心地が良くて、自分を解放できる唯一の場所だったのだ。そんな佑月の城だったアパートが、今は取り壊され更地になってしまっている。本当は夏に取り壊される予定だったのだが、入居者全員が予想外に早く出ていったこともあり、予定が早まったのだ。 「オレにとっても思い出深いとこだったけどさ、でもユヅは今〝快適〟な暮らしをしてるしな」 「ば、ばか……」 「お、ユヅが赤くなってる……。かわい……」 「何だって?」 「な、何でもないです……」  佑月は颯の襟首を掴んで、凄むように顔を近付けた。颯は佑月にこれをされると弱い。だから佑月は颯を黙らせる時はこの手を使っている。卑怯だと言われようとも。 「佑月先輩お疲れ様でした! たまには飲みに行きましょうね」 「みんな今日もありがとう。お疲れ様でした。そうだな、最近全然行ってないもんな。また近いうちに時間作るよ」 「絶対ですよ!」 「おぅ!」  佑月の返事に三人は嬉しそうに帰って行った。佑月は一人になった事務所で今日一日の支出など計算し、帳簿を開いて打ち込んでいく。作業に集中し過ぎて、事務所のドアが開いたことも気付いていなかった。不意にコツコツと小気味よい靴音が耳に届き、佑月は驚いて顔を上げた。 「っ……びっくりした……」 「終われそうなのか?」 「うん、後二、三分で終わる」 「そうか」  須藤が佑月の傍まで来たことにより、ムスク系の甘い香りが佑月の鼻腔を擽る。この官能的な香りはコロンや香水ではなく、須藤自身の香りだ。この香りを嗅ぐと、佑月はとてつもない安心感に包まれる中でも、佑月の〝性〟の部分がざわつき、胸が高鳴ってしまう。その逞しい腕で強く抱きしめて欲しいと全身が疼くのだ。佑月はまた乙女思考に陥る自分を叱咤し、心を無に近付け、作業を終わらせた。

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