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第13話
【雅】には須藤の専用の部屋がある。料亭の一番奥に位置し、防音もしっかりと成され、音が漏れることは決してないそうだ。密談をするときには最適な場所と言える。
部屋までの長い廊下は縁側となっており、手入れが行き届いた素晴らしい日本庭園が一望出来る。女将の後ろを佑月が庭園を眺めながら歩いていると、ふと隣を歩く須藤が後ろを振り返った気配がした。
「どうかした?」
「いや、何でもない」
須藤はそう言って直ぐに顔を前へと戻す。その表情からは何も読み取れない。佑月は気になって後ろを振り返ったが、人影さえも目には入らなかった。
〝あの〟須藤が背後を気にするなど、何でもないわけがない。しかも佑月を先に座敷へと上げてから、須藤は女将と二言三言、言葉を交わしていた。
須藤が座椅子へと胡座をかくように座るのを、佑月はじっと見つめる。
「なんだ? 隣に座った方が良かったか?」
須藤は口の端をゆるりと上げて、お約束のニヤケ顔。
「違う」
「そうなのか? てっきり寂しいのかと思ったんだがな」
「もう茶化さないでくれよ。そうじゃないことくらい分かってるくせに」
そこへ部屋の引戸がノックされ、佑月は直ぐに口を閉じた。仲居が緊張した面持ちで、酒と先付を二人の前に並べて、そっと部屋を出ていく。
須藤は黙ったまま。訪れる静寂に、勢いを削がれた佑月は頬を掻いた。
そしてお猪口に酒をつぎ、須藤へと渡してから自身の酒を注ぐ。須藤へとお猪口を合わせて、佑月は一気に飲み干した。
「訊いてもどうせ答えてくれはしないだろうし、もういい。ごめん」
「お前らしくないな」
「だったら教えてくれる!?」
佑月は嬉々として須藤へと身を乗り出したが、目の前の男は鼻で笑うと酒に口をつけた。やはり答える気はないのだと、ぬか喜びに終わったことで、佑月は項垂れるように浮いた腰を落とした。しつこく訊いたところで、やはり須藤は答えない。何かあれば須藤から言ってくれるはずだと佑月はそう思うことにし、酒と料理を堪能することにした。
「おい佑月、飲み過ぎだ」
気持ちよく飲んでいる佑月の手から、須藤は徳利を奪うと、腰を上げて佑月の傍へとやってくる。佑月はそれを目で追いながら、ヘラと笑った。
「なんか懐かしい……」
「何がだ」
佑月は腰を上げ、わざとらしく須藤の腕の中へとよろつく。それで分かったのか、須藤は少し笑う。
初めて二人でここを訪れた時、佑月は緊張を誤魔化そうと、酒の力を借りていた。その時も須藤は佑月の酒を奪い『帰るぞ』と、佑月の腕を取り、ふらついた身体を難なく抱き留めていた。
「あの頃はあんたのことがめちゃくちゃ苦手だったなぁ……。人の話は聞かないし、強引で偉そうで……って今もそうだし!」
酔っ払っているせいか、佑月は普段では絶対にないほどの大きな声で笑い、須藤の胸をバシバシと叩く。
須藤は佑月のやりたいようにさせ、黙っている。
「なんでこんな男のことを好きになったんだろ……」
佑月はふらふらしながら、爪先を上げて須藤へと顔を近付け、じろじろと眺める。酷い言葉を吐いているのにも関わらず、そんな佑月を須藤は片手で腰を支えながら、酒のせいでほんのりと薄紅がさす頬を柔らかく包む。佑月はその手に甘えるように頬をすり寄せた。
薄汚れた世界で生き、血で染まった事もあるだろう。決して綺麗とは言えない須藤の手。しかし佑月にとっては温かく大きな手。この手で佑月は幾度も守られてきた。
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