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第14話

 こうして佑月へと触れる手は、時には強引で抗う事が出来ないこともあるが、決して佑月を傷付けることはしない優しい手だ。 「恋は盲目……」 「後悔してるのか?」 「まさか」  佑月は須藤の手を両手で包むと、その手のひらに唇を落とした。そして佑月はそっと須藤を見上げた。  目が合った瞬間、須藤は佑月を抱きすくめ、佑月は須藤の首筋へと抱きつき、お互い貪り合うように唇を重ね合った。それは車中でも、着いたマンションのエレベーター内でも、少しでも離れることが我慢ならないといったように、お互いが欲し合う。  玄関を開ければ靴を脱ぐ間も惜しみ、獣のように激しく絡み合う。何もかも忘れて、お互い目の前の男だけに夢中になる。  今だけじゃない。もう佑月には須藤のことしか目に入らない。例えこの先離れるようなことがあったとしても、必ずこの男の元へと戻る。それだけは確信していた──。 「あー……やっと着く……」  【J.O.A.T】の事務所が入るビルまで後数メートル程の歩道を、佑月は作業着のつなぎ姿で力なく歩く。疲労困憊といった(てい)だ。  本日の朝一からの依頼が、老夫婦が所有する車の洗車だった。別に洗車が重労働であったわけじゃない。昨夜のせいだ。玄関で盛り上がった後、直ぐにベッドで第二ラウンドへと突入し、そして風呂で第三ラウンド。酔っていたせいもあるが、昨夜は須藤と一緒に過ごせる時間が出来たこともあり、佑月は嬉しさで有頂天になっていた。浮かれて本能のままに激しいセックスをしたお陰で、佑月の身体は悲鳴を上げているのだ。自己嫌悪に陥りながらも、早く事務所に戻って座りたいと、佑月は足を速めた。 「あの、すみません」  ビル内へ足を踏み入れようとしたとき、突然物陰から人が現れ、佑月は驚きで息を呑んだ。しかもキャスケットを目深に被り、マスク、サングラスと思わず眉をひそめたくなるような格好をした男だった。周囲には誰も居らず、明らかに自分に声を掛けてきている。怪しすぎる男に、佑月は警戒しながら窺う。 「……なにか?」 「あの、あなたは何でも屋さんの方ですよね?」 「そうですが……。もしかして……ご依頼ですか?」  あからさまに佑月が不審者を見る目付きで男を見ると、男はハッとしたように、周囲を窺ってからサングラスとマスクを取った。その素顔に佑月はさっきとは違う驚きで再び息を呑むことになった。 「すみません驚かせて。怪しすぎっすよね」 「正直驚きました。どうぞ」 「あ、すみません。ありがとうございます」  事務所へと招き入れた男に、佑月はお茶を出す。そして対面するソファへとそっと佑月は腰を下ろし、改めて男を見た。  今はキャスケットも脱ぎ、キャラメルブラウンの柔らかそうな髪が、エアコンの風でふわりとそよいでいる。綺麗な髪をしている。髪だけではない。顔も美しく整った顔立ちで、足も長くスタイルは抜群だ。そしてそのルックスを売りにしていると言っても過言ではない世界で生きる男。雑誌、映画、ドラマ、舞台、見ない日はないほどの、いま最も旬な人気俳優、支倉 恭平(はせくらきょうへい)が佑月の目の前でお茶を飲んでいる。しかも昨日、事務所内で話題となった俳優だ。 「あの、よく私が何でも屋の者だとお分かりになりましたね」  佑月がそう訊ねると、支倉は恥ずかしそうに苦笑を浮かべた。

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