15 / 198

第15話

「実は三十分程前から待ってたんですけど、このビルに入られるそれらしい方に声を掛けてたんです。後十分ほどしたら帰ろうと思ってたから、良かったですよ」 「そうだったんですね。お待たせして申し訳ございません」  あんな怪しげな姿でよく通報されなかったものだ。電話をするという手段もあったのにという疑問もあったが、芸能人がわざわざ事務所まで足を運んでくれたのだからと、佑月は訊ねようとした口を閉じた。 「いえいえ、それは気にしないで下さい! それにしても、えっと……」 「あ、すみません。私は成海と申します」  佑月は鞄から名刺を出し、支倉へと手渡す。支倉は愛想よく微笑み、名刺に目を通している。 「佑月さんって言うんですね。いや、めちゃくちゃ綺麗だから、本当に一般人なのかと思いましたよ。芸能界でも、なかなか成海さん程の綺麗な顔は見ないですし。何かモデルとかされていたことあります?」 「い、いえ、ありません。芸能界とか華やかな世界は私には向いてませんので」   全力で否定する佑月を支倉は「ご謙遜を」と笑う。 「オレも成海さんのような顔なら相手してもらえたのかもな……」  ぼそりと呟いた支倉に、佑月は驚いた。スキャンダルは御法度の芸能人。その芸能人である支倉の口から、恋愛絡みとしか思えないような事がこぼれ、佑月は失礼ながらも興味を引かれてしまった。 「支倉さん、好きな方がいらっしゃるんですね」 「え!? あ、そ……そうなんですよ」  初対面の人間に対して不躾であったが、支倉は佑月の問いかけに照れたように、頬を掻いている。 「もう、完全なオレの片思いなんです。何度か会ったことあるんですけど、向こうはきっとオレのことなんて知らないですよ。まるっきり眼中にないって感じだったし……」  誰もが羨むようなルックスで、多くのファンを抱え、雲の上の存在と憧れるような存在でありながら、佑月のような顔ならいいのにと言う。しかも相手は、支倉ほどの有名人と何度か会っておきながら、覚えもしない。それは支倉にとっては辛い恋だろう。  佑月は自分から話を振ったのに、掛ける言葉が見つからず黙ってしまった。そんな佑月に支倉は可笑しそうに声を上げて笑う。 「やだなぁ成海さん、そんな沈まないでよ! オレの認知度もまだまだってことだよ。もっと有名になって必ず振り向かせますから!」  支倉は佑月にウインクをする。有名人だからと言って、傲り高ぶらない謙虚な支倉に、好感が持てた。彼ならきっと益々と芸能界を上り詰めていくだろう。佑月は応援の意を込めて微笑み、頷いた。 「なんか脱線してすみません。依頼があって来たのに」 「いえ、私が失礼にも質問してしまったことなので申し訳ありません。ご依頼のお話伺わせて頂きます」  佑月は支倉に軽く頭を下げてから、ピンと背筋を伸ばした。支倉はすぐに表情を引き締め、佑月へと視線を真っ直ぐに定めた。 「依頼というのは、実はドラマの撮影で使った指輪を現場で落としてしまったんですよ。マネージャーと探したんですけど、見つからずで……。その指輪、エンゲージリングで本物のダイヤが使われてるから、無くしたなんて言えなくて」 「それは大変です。直ぐに探さないとですが、少しお待ちくださいますか?」 「はい」  佑月はソファから立ち上がると、自身のデスクへ向かいパソコンを立ち上げた。現在の時間は十二時半過ぎ。午後からのメンバーのスケジュールを確認し、佑月は直ぐに陸斗へ電話を掛けた。

ともだちにシェアしよう!