『もしもーし、佑月先輩どうしたんですか？』 　直ぐに電話は繋がり佑月はホッとした。 「いま大丈夫か？」 『はい、さっき三倉さんを送ったばっかなんで大丈夫です』 　午前中の陸斗の依頼は、三倉という七十代半ばの女性を病院へ送迎すること。陸斗を気に入った三倉は病院へ行く日は、必ず陸斗を指名して依頼をしてくれている常連でもある。レンタカーを借りて車の送迎ともなると、依頼料金は結構なものになるが、三倉はかなり裕福な人だと陸斗がこぼしていた。 「そっか、良かった。お疲れ様です。それで急で申し訳ないんだけど、いま急ぎの依頼が入ったから、午後からの俺の依頼代わってほしいんだ」 『それは全然構いませんよ！　確かオレは夕方まで予定なかったので』 「ありがとう、助かるよ。依頼の詳細はパソコンで確認しておいて。宜しくお願いします」 『了解です！』 　電話を切った佑月は着替えようかと思ったが、探し物なら今のつなぎの作業服の方が汚れも心配しなくていい。そのまま支倉が待つソファ席へと戻った。 「お待たせしました。早速出られますので、場所を教えて頂けますか？」 「あ、それはオレが案内します。車で来たので」 「え？　でもお時間大丈夫なのですか？」 　支倉ほどの売れっ子俳優なら、分刻みでの仕事が入っていそうなのにと、佑月は純粋に驚く。 「大丈夫です！　夜に収録がありますけど、それに間に合えば全然いいですし。それまでは自分のことでもありますから、一緒に探します」 「そうですか。分かりました。ご案内宜しくお願いします」 　支倉はにっこりと笑うと、サングラスと帽子、マスクを装着し、来た時と同じ格好へと変装する。余計目立つ気がするが、素顔を晒すよりは今は好都合かもしれない。 　そして事務所近くのパーキングに駐車した車を取ってくると、支倉は先に事務所を出ていった。佑月は直ぐに後を追うように事務所に鍵を掛ける。その時、ズボンの後ろポケットが振動を伝えてきた。スマホを抜き、画面を見て首を傾げながらも佑月は電話に出る。 「もしもし、どうしたの？」 『いや、なんか妙にお前の声が聞きたくなってな』 「声って……。数時間前に聞いたばかりなのに？」 　しかも昨日は日付が変わってからも、あんなに激しく抱き合ったのに。珍しいと佑月は内心思うが、本当は佑月も愛しい男の声が聞けて嬉しいと感じている。痛い腰を労りながら階段を降りるも、意識は耳に……須藤の息遣いさえも聞き逃すかと集中する。 『俺は常に、お前を傍に置いておきたいんだがな』 「ムリ言わないでくれよ」 　佑月が擽ったそうに笑うのを、須藤も温かく笑う。 『今日も早く仕事を終わらせる』 「うん。じゃあ、ご飯作って待ってる。あ……今から依頼で出掛けるから、もう切るね」 　ビルの外に出ると、ちょうどそれらしい車が滑るように歩道に添うように横付けされた。 『あぁ、気を付けて行け』 「うん、ありがとう。仁もムリしないように頑張って」 『ああ……』 　お互いが何となく名残惜しいという空気が、電話越しでも伝わる。今すぐに須藤のもとへと駆け付けたい。そんな衝動に駆られそうになる。だがと、佑月は思い切って通話を終了させた。 「成海さん乗って。道路側だから気を付けて」 「はい」 　佑月は気持ちを切り替え、車へと乗り込んだ。支倉は佑月とも歳は近いはずだが、やはり稼ぎが全然違うことを痛感するほどに、車は高級外車だ。ジャガーXJ座り心地は抜群だった。 「さっきの電話、恋人からですか？」 　車は滑らかに公道へと滑り出し、静かな車内で支倉は唐突と訊ねてきた。佑月の心臓はドキリと大きく跳ねたが、それを悟られないよう笑った。 「いいえ、違いますよ。常連のお客様からです」 　今は仕事中だというのに、恋人からの電話で浮かれているなど信用問題に関わる。佑月は内心で嘘をついたことを支倉に詫びた。