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第19話
颯らも驚き、一斉に扉へと振り向く。
そこには何か酷く焦ったような男が部屋へと入ってきた。その男の後ろに遅れてやってきた二人の男は、佑月を見て驚愕に目を見開いている。
だが佑月の視線は、直ぐに吸い寄せられるように、初めに病室へと入ってきた一人の男に定まる。目が合っただけで、佑月の心拍数が異様に上がった。男の醸し出す危険な香りに、男を包む空気が何かとても重く、圧倒されそうなものだったからだ。そして何よりも驚く程の美丈夫。
「……佑月」
きっと女性なら、誰もがうっとりと聞き惚れるだろう男の甘い低音ボイス。だが佑月は自分の名前を呼ばれたことで、緊張で息を呑んでいた。
颯らはその男のために場所まで空けている。その行動に佑月は顔に疑問を貼り付けたまま、救いを求めるように陸斗らを窺ったが、彼らは全く気付く様子がない。
「佑月……」
ベッド脇の椅子に腰を下ろした男は、切なそうに名を呼び、佑月の右手を柔らかく包むと親指で労るように撫でてきた。だが佑月は咄嗟にその手から逃れようと手を引いた。そのせいで折れてはいない方だが、激痛が走り佑月は苦悶に顔を歪めた。
「く……」
「すまない」
尚も男は心配そうに佑月を労る。颯やメンバーが遠慮するのが当然といった男の態度。そして自分との距離の近さに、佑月は動揺を隠しきれなくなっていた。男はそんな佑月の変化を鋭敏に感じ取ったのか、僅かに眉を寄せている。
「……佑月、今は自身のことだけを考えて、治療に専念してくれ」
そう口にする男は、更に酷く辛そうに眉を寄せる。そんな男を見ていると、佑月までもが釣られて胸が痛むような気がした。男はそれでも佑月に少しでも触れたいという想いがあるのか、優しい手つきで佑月の頬を撫でてくる。
しかしこれではまるで子供扱い。もしくは女の扱いだ。男にするものではないように佑月は感じ、更に戸惑った。
颯や陸斗、海斗、花、そして男の付き人らしき男二人は、佑月と男を見守るように静観している。自分だけがおかしいのかと、佑月はズキズキと痛む頭に眉根を寄せる。
「あの……」
「ん? なんだ?」
「すみません……俺、貴方と何処かでお会いしたことありました?」
そう佑月が訊ねた瞬間、場の空気が一瞬止まったように感じた。
「……ユヅ? こんな時になに冗談言ってんだよ」
重い空気の中、口火を切ったのは颯だった。その声には動揺が混じっているのか、少しの震えがあった。こんな颯は初めてと言っても過言ではなく、佑月はますます焦慮に駆られる。
「冗談……俺が?」
颯こそ何を言っているのか。皆して何かの余興でもしているのだろうと、佑月は訝しげに周囲を見渡していった。花は俯き、肩が震えている。泣いているようで大粒の雫がポタポタと床に落ちていく。
双子は沈鬱とし、今にも泣きそうな表情。男の付き人の眼鏡をかけた男と、がたいが良い男は「成海さん」と名を呼び、深い悲しみに暮れているように見える。
誰一人として演技をしているようには見えなかった。もしかして自分はまだ夢から覚めていないのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。
見たこともない男三人を、颯らは何の疑いもなく受け入れている。自分だけが知らない。相手は自分を知っているのに。しかもファーストネームで呼ぶのは、かなり近しい間柄のはずだ。それなのにどうしてと、佑月の頭は混乱してきた。
「俺とお前が出会ったのは一年前だ」
「一年……前?」
佑月の問いかけに、男は何かを必死に耐えるように首肯した。そんな男の目を佑月がじっと見つめると、真摯な眼差しを返してくる。嘘など無いと、その目は語っている。
しかしどんなに記憶を辿ろうにも、男にはたどり着けない。一度見れば決して忘れることなど出来ないような、魅力的な男。それなのに掠りもしない。思い出そうと懸命になればなるほど頭痛が酷くなり、佑月は小さく呻いた。
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