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第21話

 そこに表示されている年月日を見て、佑月は驚愕に目を見開く。 「……二〇一八年四月十五日? え? 二〇一八年……」  佑月は颯のスマホを凝視する。 「恐らく佑月先輩の記憶が丸々一年飛んでるってこと……ですよね」  海斗が言葉を詰まらせながら言う。海斗の言う通りであれば、一年間目が覚めなかったのではなく、記憶喪失ということになる。その現実に佑月は目眩を起こしそうになった。 「じゃあ……さっきの男性……須藤さんって方は、俺の記憶がない一年の間で、出会ってたということなのか……」 「そうです……お二人にとって、お互いに……かけがえのない……うぅ……」  佑月の呟きに答えたはずの花は、途中堪えきれず再び嗚咽を混じえ、泣き出してしまった。泣かせてばかりで胸が痛む中、花が溢した〝かけがえのない〟とはどういうことなのか佑月は悩んだ。  確かに須藤という男の佑月への接し方は、颯らよりも親密そうではあった。何かで意気投合し、友情が芽生えたのだろうか。しかしどう見ても、佑月の人生で決して交わることのない人種だ。一体あの男との関係は何なのか……。 「あのさ……」  佑月が口を開いた時、扉に控えめなノックがされた。〝須藤〟が帰って来たのだろうかと扉を注視していると、中へと頭を軽く下げて入ってきたのは、また佑月の知らない男二人であった。佑月はこっそりと傍らにいる颯らに誰かと訊ねたが、四人は知らないと首を振る。 (誰だ……?) 「すみませんね、失礼します。中央署の上村と申します」 「土居です」  五十代後半くらいの男が警察手帳を佑月へと見せ、その後ろでは二十代の男が再び軽く頭を下げてきた。 「警察……」  警察と分かると、陸斗と海斗の顔付きが瞬時に変わった。 「随分と酷い怪我をされて……。そりゃあ、あんなものが倒れてきたら無傷では済みませんがね」  上村という刑事は、佑月の姿を痛ましそうに眺める。 「倒れて? 俺は交通事故に遭ったのではないんですか?」  佑月の質問に上村は一瞬、眉根を寄せる。 「……いえいえ、違います。二メートル半の単管パイプ、一本約七キロもあるものが、約十五本ほど成海さんに倒れてきて、百キロの下敷きとなったのです。しかし上手い具合に、身体とパイプの間に僅かな隙間が出来たお陰で、潰されずに済んで助かったんですが……覚えておられませんか?」 「は……はい」  颯らも詳細を初めて知ったようで、まさに衝撃を受けた表情で顔色を無くしていた。 「そうですか……。中央区の◯△にある結城倉庫へ何しに行ったのかも……覚えてませんか?」 「倉庫……いえ、覚えてません」  倉庫と聞いて、何故か佑月の頭痛は酷くなる。花が心配そうに、佑月の傍へと行きたそうにしているのが目に入り、佑月は花に大丈夫だよと微笑んだ。 「あの、ユヅはさっき目が覚めたばかりで、しかも記憶がはっきりとしてません。いま何を訊いても答えられないと思います」  颯がそう告げるや、明らかに刑事二人は落胆の顔を見せた。 「すみません、オレは彼の部下なんですが……」  陸斗がそっと刑事二人を部屋の角へと連れていき、話を聞いている。佑月は内心で陸斗に詫びつつも、正直このまま意識を手離してしまいたかった。記憶を無くしてるだとか、パイプの下敷きだとか、一気に知らされる〝現実〟というものに、佑月の頭の回線はパンク寸前だった。丸一年もの記憶がないという実感さえないのに、自分だけが知らない一年が確かにある。その事実に、酷い焦燥感に苛まれるのは仕方のないことだった。  きっと一時期的なものだ。直ぐに思い出す。そう思っていなければ、佑月の正気が保たれない気がした──。

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