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第22話《Background》

◆  刑事から一通りの話を聞いた陸斗は、病室から飛び出していた。まだ帰ってないといいがと、強く願いながら廊下を駆ける。途中看護師に注意をされるが、従ってる暇はない。医師とゆっくり話せそうなそれらしき部屋を覗いてみたが、何処にも目的の人物の姿がない。  落胆が混ざる中、とりあえずエレベーターで下の階へ行こうとホールへ入ると、陸斗はようやく探し人を見つけた。 「須藤さん……」  声を掛けられた須藤は、黙って顔を陸斗に向けた。こうしてまともに須藤と向かい合うのは、陸斗にとって初めてであり、襲う緊張は相当のものだった。 「……もう帰られるんですか?」 「あぁ」 「あの……さっき刑事が来ました」 「そのようだな」  さすが耳に入るのが早いと内心で感心していると、エレベーターが到着してしまい陸斗は焦った。  しかしドアが開くが、須藤は陸斗の話を聞く気でいるのか、真山、滝川と共にその場に留まった。陸斗はホッと安堵の息を吐いた。 「それで警察は何と言ってきた」 「あ、はい。中央署の上村と土居の二人の刑事が来たんですけど、話では、先輩は中央区◯△の結城倉庫で単管パイプの下敷きになって、あんなに酷い大怪我を負うことになりました。単管パイプは壁に立て掛けてあったそうですが、あれが自然に倒れるのは少しムリがあるということで、殺人未遂としても捜査が入るそうです」 「発見者は?」 「先輩を発見してくれた方は、結城建設の作業員の田口という男性です。たまたま、足りなくなった資材を取りに行ったら単管が倒れてて不審に思ったら……」  どれだけ怖い思いをしただろう。どれだけ痛い思いをしただろう。佑月のことを思うと、陸斗の胸は強く痛み、唇を噛み締めていた。  医師から詳細を聞いたであろう須藤も、本当は相当に辛いはずだ。それはそうだろう。愛しい人の痛々しい姿。そして、自分を忘れられているという受け入れ難い現実。しかし須藤は、それを陸斗の前ではおくびにも出さない。須藤の感情が解放されるのは、佑月の前でだけだからだろう。 「佑月の依頼内容は何だったんだ」  陸斗はありのまま、今日の事を須藤に打ち明けた。そう、陸斗は何も知らないのだ。交代して欲しいとだけ佑月に言われ、何の依頼で誰と何処に向かったのかも分からなかった。佑月は依頼内容の記述を何も残していなかったのだ。 「警察にこの事を言ったか?」 「いいえ、警察には、佑月先輩は依頼で出ていたとしか言ってません。急な依頼が入ったことは伏せてあります」  陸斗がそう言うと、須藤は僅かだがそれを誉めるように満足そうに口角を緩く上げた。 「滝川、直ぐに事務所付近の防犯カメラを当たれ。解析は泰然(タイラン)へ回せ」 「はっ、畏まりした」  須藤からの命令を聞いた滝川は直ぐに身を翻し、姿を消した。  【J.O.A.T】が入る雑居ビルは、三ヶ月前に須藤が買い取った。何かあったときのために、防犯カメラも様々な位置に取り付けてある。もちろんこの事実は佑月含め陸斗も知っている。佑月に対しての須藤の執着ぶりがよく分かるものだった。 「須藤さん……佑月先輩のことですけど」  一番緊張を強いられる話に、陸斗はつい須藤の顔色を窺ってしまう。須藤は無感情な目で続きを促してきた。 「……記憶を失ってるのは、どうやら丸一年みたいです。あの……去年のUSBの依頼の件を今日預かってきたと言ってましたから」 「そうか……」  忘れてくれて良かった事件は確かにある。全て須藤に関係のある事で佑月は巻き込まれ、酷く傷ついて辛い思いを幾度もしてきた。しかしそれらを乗り越え、須藤と佑月の関係は益々と深まっていった。紆余曲折を経てようやく本当の意味で結ばれた二人。それらの記憶を全て無くしてしまった恋人。その心中は他人では推し測れない。

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