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第23話《Background》2

「佑月のことは、今は治療に専念させたい。無理に思い出させようとはするな」  それは須藤の嘘偽りない想いなのだろう。だがやはり根底にある本音は、佑月には早く、今すぐにでも思い出して欲しい。それは須藤のみならず皆の願いでもある。陸斗は改めて、須藤の佑月への想いが本物であることを痛感した。自分のことよりも佑月を優先的に、真綿に(くる)むように大事にする。あの冷酷非道と言われている男がだ。そんな男が佑月だけには優しい面を見せるのだから、本物であるとしか言わざるを得なかった。 「は、はい、分かりました」 「よく知らせてくれた。礼を言うぞ」  須藤はそう言い、到着したエレベーターの箱に乗り込む。真山は軽く陸斗に頭を下げると主人に続いて行った。 「はぁ……やっべ。めっちゃ緊張した……」  陸斗は溜め込んでいた肺の空気を一気に吐き出す。しかも礼を言われた事が俄には信じられずにいたが、じわじわとそれは実感を伴っていく。少し感動すら覚えた。そして陸斗は直ぐに気持ちを切り替え、エレベーターを見据えた。  陸斗が刑事に佑月の依頼の事を伏せたのは、須藤に犯人を見つけて欲しかったからだ。  警察に捕まる。そんな温い処分では到底許せなかった。それはもちろん須藤が一番に感じていることだろう。だからどんな惨い処分であろうと、陸斗はそれを強く望んでいたのだ。 「……お願いします」  陸斗は須藤の姿はないが、エレベーターの扉に頭を深く下げた──。 ◇  見舞いに来てくれていた陸斗らが帰った後、佑月の元へリハビリ科の理学療法士が訪れてきた。 「成海さん、こんにちは。リハビリを担当させて頂きます村上です」 「はい、よろしくお願いします」  爽やかな笑顔を見せる療法士の村上は、制服の上からでも分かる程に筋肉隆々で、ハンサムな男だった。 「今日から少しずつ指や手を動かすことから始めますね」 「はい」 「記憶の方が戻らないと担当の医師から聞きましたが、そちらは焦らなくて結構ですので気負わないで下さい」  佑月は頷くが、やはり一年もの間の記憶がないのは不安でしかない。須藤という男の事もそうだ。颯らに改めて訊いたが、やはり佑月の友人だと言われた。依頼で出会ったと陸斗は言っていたが、それだけで見舞いにも訪れて来るほどの仲になれるのか。様々な依頼で沢山の人と関わってきたが、常連になることはあっても、プライベートまで関わる客はいなかった。一方的に佑月に関わろうとする者は数多くいたが。  どうしても佑月は須藤のことが腑に落ちず、不安ばかりが膨らんでいた。 「それにしても成海さん、男性にこんな事言っては失礼かもしれませんが、本当……とても綺麗ですね……顔に怪我がなくて良かったですよ」  佑月の左手の指を伸ばしたり曲げたりしていた村上は、見惚れているのか恍惚とした表情を見せている。 「そ、そんな……。でも女でもモデルでもないので、顔に傷が出来ても困らないですよ」  佑月は苦笑を浮かべて言う。 「いやいやモデルとかじゃなくても、僕ならそれほど綺麗な顔だったら、傷がついただけで相当ショック受けますよ」  村上は陽気に笑い、場を明るくさせる。そんな村上に佑月の暗くなりかけていた気持ちも、少しだが軽くなった。  軽いリハビリが終了し、個室である佑月の病室は今や静かだ。寝返りもままならず、ずっと仰向けの体勢では腰も痛く辛いものがあった。一ヶ月は入院しなければならないらしく、憂鬱な時間の幕開けとなり、佑月の気持ちはまた沈んでいく。 「テレビが見たい……」  佑月の呟きがこぼれたとき、不意に部屋のスライドドアが開いた。

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