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第24話

 入室してきた人物を見た佑月は、緊張で身を固くした。そんな佑月を余所に、男はラグジュアリーブランドのボストンバッグを収納棚に乗せると、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。 「着替えなどを持ってきた。あと部屋は明日、特別室へ移すよう伝えてある」  淡々とした挨拶でも交わすかのように、軽く告げる男に佑月は一瞬面食らう。 「……着替え?」 「あぁ。下着や、タオルなども必要だろ。まだ必要な物があれば遠慮なく言え」 「あ、ありがとうございます……」  颯が持って来てくれるなら佑月も分かる。だがなぜこの……須藤という男が持ってくるのか。  アパートの鍵はどうしたのか。そもそも勝手に入ったのかと、佑月は落ち着けなくなる。 「あの、でもなぜ貴方が?」 「今は一緒に住んでる」 「……え? 一緒に……誰と誰が……」  スッと頭に入ってこない言葉に、佑月は訊ね返すことしか出来ない。そんな佑月にも須藤は嫌な顔をしない。とは言え、無表情なため内心のことまでは分からない。 「俺とお前だ」 「お、俺と……貴方が? なんで……」 「お前のアパートが取り壊しとなったからだ」 「取り壊し!? っ……」  信じられない言葉に佑月は咄嗟に上半身を起こしたが、頭、腕に激痛が走り、苦悶する羽目となった。 「おい、大丈夫か? 無茶をするな」  須藤は心配そうに、ベッドに倒れる佑月の身体を支えてくる。 「すみません、ありがとうございます。大丈夫です。ただ、アパートが取り壊されたと言うのが信じられなくて……」 「まぁ……そうだろうな」 「……いつですか?」 「先月」  佑月の記憶は丸々一年ないようだ。高田からUSBを預かったのが今日(四月)だと佑月は思っていた。よって、先月とは三月のこと。つい最近の事なのだろうが、佑月にとってはそうではない。まるで湧かない実感。それは不安と恐怖でしかない。 「佑月、無理に思い出そうとしなくていい」 「でも……一年もの記憶がないんですよ? 何で思い出せない……」 「焦ったところで思い出せるわけじゃない。自分が苦しくなるだけだ」 「だって、アパートがもう無いなんて……そんなの直ぐに受け入れられない。貴方のことだって何も思い出せなくて、俺からしたら初対面……」  佑月はそこでハッと口を閉じた。忘れているのは佑月だけなのだ。確かに忘れている佑月からすれば、須藤は初対面の人間だ。でも相手はそうではない。自分が逆の立場ならどうだろう。考えるまでもなく酷く傷付くことだ。 「……すみません」 「気にするな。お前は何も不安に思わなくていい。お前が無くした記憶は俺が大事に預かってる。出会いから今朝の分までな」  何故だかは分からない。だが佑月の胸はじんわりと温かくなる。皆が言うように、きっと須藤という男とは、信じ難いが厚い友情で結ばれていたのかもしれない。 「……それって、いつ返してもらえるんでしょうか」  佑月がぼそりと呟くと、須藤は自身の纏う空気を更に和らげた。思わず須藤へと顔を上げた佑月の目には、その唇が緩く弧を描いているのが見えた。

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