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第27話
「すみません。何て言うのか……その、恋人がいる、いないは置いといて、さっきの看護師さんとても綺麗な人でしたのに、全然興味なさそうでしたし」
「お前は興味があるのか?」
「お、俺ですか? そうですね……もちろん、俺だって男ですし、可愛い女性とかいたりしたら見てしまいますよ」
「ほぉ……」
何故か須藤は興味津々といった様子だ。
「お前はどんな女が好みなんだ? やはり、大学の頃に交際していた女が好みか? 色白でなかなか端正な顔をしていたな」
「え!? な……知ってるんですか? いっ……」
あまりの驚きに、佑月は思わず上半身を思いっきり乗り出してしまった。そのために、あらゆる箇所から激痛が走る。
「おい、無茶するな」
「すみません。でも何で知ってるんですか。もしかして俺が話したんですか?」
佑月は昔から誰かと付き合っても、いちいち人には知らせることはしてこなかった。颯にさえも自分から言ったことはない。
恋人について訊ねられても、わざわざ写真などを見せたりはしないし、そもそも語ることが苦手だったのだ。
それなのに須藤には自ら話していたというのか。人に興味が無さそうな人間が、人様の恋バナを聞くのだろうか。
佑月の頭の中は疑問符で埋めつくされていく。
「お前から聞いたわけではない」
「そう……ですか」
ホッとしかけた佑月だったが、では誰から訊いたのかという新たな疑問が生まれてしまった。
颯から訊いたのだろうか。いや、颯がべらべらと他人に話すなど考えられない。何でも屋のメンバーにしたって、むやみやたらと人に話すようなメンバーではない。
佑月の中で、須藤という男がますます分からなくなった。そして僅かな疑念が生まれる。
「佑月?」
「なんで……なんで思い出せないんだ。なんで記憶が無くなるんだ……」
佑月は痛みを感じながらも髪をぐしゃりと掻き乱した。その手が僅かに震える。
知りたいのに、知ることが出来ない。他人から聞いても実感が伴わなければ意味がない。記憶が無いことが、こんなにももどかしいとは。
「そんなに不安か?」
須藤の落ち着いた声に、佑月の顔はカッと熱くなる。そして眦をつり上げ須藤を睨んだ。
「不安ですよ! 一年もの記憶がないなんて、貴方に俺の気持ちなど分かるわけないです!」
「そうだな。記憶を無くした側の気持ちは俺には分からないな。だが今は過去の記憶より、これからの方が大事なのではないのか? ケガの治療に専念し、従業員のためにも早く職場に復帰し、仕事の指揮を取ることが大事だと思うが?」
「……」
須藤の言葉で佑月はハッとする。その中で〝記憶を無くした側〟という言葉に、佑月の胸は僅かな痛みを覚えた。
佑月の目の前の男は〝無くされた側〟。すなわち自分を忘れられているのだ。
「すみません……凄く失礼なことを言いました。あの……少し頭を冷やしたいです」
「そうだな」
軽い息を吐くと、須藤が椅子から腰を上げる。口調は冷たく素っ気ないが、見上げた先の須藤の目は心配の色で染まっている。
だがそれは一瞬のことだった。須藤の目は直ぐに感情のこもらない冷たいものになり、踵を返すとそのまま病室から出て行った。
焦燥が募り、思わずカッと頭に血が上ったとは言え、相手の気持ちを思いやれない心の余裕の無さ。佑月は暫く自己嫌悪に陥っていた──。
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