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第30話

◇  痛みで眠れない夜。空も白み始めてきた。  佑月は精神的にも疲労困憊となっていた。まだ一日経っただけでこの有り様では先が思いやられそうだ。  しかし、まさか一年もの記憶がすっぽりと抜け落ちてしまうなど、誰が想像出来たのか。目が覚めると全身に襲う激痛に、見ず知らずの男が友人だと知らされる。  状況は理解出来ても、心が追い付かない。そんな佑月を責める人間はいないと分かっていても、気は焦り、酷い言葉も吐いてしまう。  ドロドロと心は蝕まれ、夜中に何度発狂したくなったか。 「辛い……しんどい……痛い……」  誰もいない時間くらい、弱音を吐き出しても罰は当たらないだろうと、佑月は呪文のようにぶつぶつと溢した。 「成海さーん、失礼します」  七時過ぎ。ノックと共に扉が開き、部屋へ入ってきたのは女性看護師だった。恰幅が良く、優しそうな雰囲気を持つ五十代くらいの看護師は、にこやかにベッド脇へ立った。 「初めまして。看護部長の林と申します」 「看護部長さん……はい、宜しくお願いします」  佑月がにっこりと微笑むと看護部長の林は、まさに感嘆と言える溜め息をこぼす。 「はぁ……本当に噂通りの美男子で。看護師たちの騒ぎように大袈裟なと思ってましたが、これは失礼しましたですよ」 「い、いえ……」  普段から綺麗だの美男子だのと言われる事が多いが、やはり面と向かって言われると、返す言葉を探すのが難しい。佑月の顔には苦笑いだけが浮かんでいた。  それから看護部長を筆頭に、数名の看護師が現れ、佑月はあれよあれよという間に特別室へと移された。 「すご……」  まるでそこは高級ホテルのような一室だった。  広々とした部屋には高級感溢れるシックなソファに、ローテーブル、テレビなど、見舞いに訪れた者がゆっくりと寛げるような設備になっている。照明も程よく絞られ、リラックスするには最適な明るさだった。実際佑月の心は少し落ち着いてきている。  こんな特別室に移されて、入院費の事を考えると恐ろしいが、それは須藤が全て支払うと看護部長から伝えられた。反論しようにも、もうどの部屋にも戻れないと言われてしまえば、患者である佑月は従うしかない。  入院費に関しては、また須藤が訪れて来たときに話すしかない。  看護師たちが部屋を出て行き、静かになった部屋でうとうとしていたら、理学療法士の村上が現れた。 「成海さん、昨夜は眠れましたか?」  村上は特別室に移った佑月にかなり驚きを見せていたが、ようやくと落ち着き、今は佑月の指をマッサージしながら心配そうに訊ねてきた。 「いえ……」 「そうですよね……。顔色が優れませんし。ただ眠れないのなら眠剤がありますが、痛みなどでしたら、医師に相談された方がいいですよ。眠れないのは、辛いですからね」 「はい、今日相談してみます」  佑月がそう答えると、村上は嬉しそうに笑顔を見せた。業務的にではなく、心から患者に寄り添おうとしている姿は、患者にとってはとても安心出来るものがあった。  

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