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第31話

「成海さんって、やっぱり彼女いらっしゃいますよね?」  腕を揉まれる心地よさで目を閉じている佑月に、村上が不意に訊ねてきた。 「彼女ですか……。いないと思います。もしかしたら記憶が無い、一年の間でお付き合いした女性がいるかもしれないですけど。それだったら、とても申し訳ないですね……」 「あ……そ、そうですよね。……すみません」  不味いことを訊いてしまったというように、村上は慌てて佑月に頭を下げる。 「いえ、大丈夫ですよ。それに、昨日それらしき女性は見舞いに来なかったですし。彼女なら、直ぐに駆け付けてくるものでしょ?」  だから気にするなと、佑月はふんわりと微笑んだ。その美しい笑みに、村上はまるで魂が抜け落ちたかのように、ボーッと佑月の顔を凝視しながら頷いた。  一方佑月の内心では、恋人がいないことを強く願っていた。もし、そのような相手がいたらと思うと自分も辛いし、何よりも恋人を酷く悲しませることになる。それだけは避けたい。  だが自身が言った通りに恋人がいたなら、恐らく昨日のうちに見舞いに来ていただろう。様々な事情で来られない場合もあるが、颯や陸斗らが黙っている事は決して無いはずだ。  その時、ふと佑月の頭に須藤が浮かんだ。そもそも彼女がいたなら、須藤と同居などしていないだろう。そして、彼も何か言うはずだ。そう思うようにすれば、少しは安堵出来た。 「あの──」  村上が口を開きかけた時、彼の背後に見える扉がスライドするのが佑月の目に入った。  独特な空気を直ぐに察したのか、村上は口を閉じて、背後を振り返った。  仕立てのいい高級スーツは、この男だからこそ着こなす事が出来るのだろう。髪もきっちりと綺麗に纏まり、一分の隙もない男、須藤が部屋へと入ってきた。 「リハビリ中か」  須藤の視線が佑月の腕に行く。理学療法士として当然のマッサージをしているはずの村上の手が、何故か気まずそうに佑月の腕から離れていく。 「顔色が悪いな。眠れなかったのだろ」 「っ……」  村上とは反対のベッドサイドに立った須藤は、佑月の顔を覗き込み、心配そうに目尻に触れてくる。  その優しい手つきに、驚き戸惑う佑月だったが、心配してくれている〝友人〟に返事をしなければと、首を振ってしまう。 「いっ……」 「佑月」 「成海さん!」  両脇からの声に、佑月は「すみません」と小さくなって謝る。学習しない頭とは自分のような頭のことだろう。 「環境の変化で、少し寝られなかっただけなので、大丈夫です」  心配掛けまいと、明るく言った佑月だったが、須藤の眉は益々と眉間に寄っていく。 「嘘をつくな。寝れないのなら、ちゃんと医者に相談しろ。本当ならば今すぐ退院させてやりたいが、そうもいかんからな」  この男に嘘は通じないようだ。心底に佑月を心配しているからこそ、佑月の嘘を流すことはしなかったのだろう。

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