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第32話

 須藤という男は、感情が乏しそうに見えて、本当は友人や近しい人間にはとても親身になってくれるようだ。佑月は改めてそれを実感した。 「今日はもう帰るが──」 「え? もう、帰るんですか?」  来てまだニ、三分。さすがに佑月も驚き、思わず須藤の言葉を遮ってしまう。 「仕事の合間に顔を見にきただけだからな」 「そんな……わざわざ、ありがとうございます。あの……」 「あ……で、では、僕はまた昼から来ますね」 「は、はい。宜しくお願いします」  言い淀む佑月を見て、療法士の村上は察してくれたようで、二人に頭を下げて直ぐに退室して行った。 「なんだ?」  須藤は話を聞いてくれる気があるようで、ベッド脇の椅子へと腰を下ろした。 「えっと……この部屋のことです」 「あぁ。ここなら快適だろ?」 「はい、快適すぎます。じゃなくて、あの、それだけじゃなくて、入院費も全て支払うって本気なんですか? なんでそこまで……」  一週間やそこらで退院出来る怪我ではない。入院が長くなるだけ費用も嵩む。しかも特別室となると、金額は馬鹿にならない。  たかが友人のために普通ここまでするだろうか。確かに須藤は、身に付けている物全てがラグジュアリーなものばかりだ。そこらの一般人が、手軽に手など出せないものを、当然のように身に付けている。金に困るという言葉も無縁のような男だ。  しかし金があるからと言って、友人のためにそこまでするのかと、佑月は疑問に思った。 「部屋を移すように言ったのは、俺だ。お前は何も気にしないで、治療に専念すればいいんだ」 「いや、でも……」 「心配するな。金のことなら加害者に全て支払わせる」  そう言った須藤の言葉に、佑月は愕然とした。 「加害者……? それって単なる事故じゃなかったってこと?」  それはほぼ独り言に近かった。  昨日刑事が佑月の元に訪れて来たとき、単管パイプの下敷きになったと聞かされた。その後の詳細は陸斗が聞いていたため、佑月には知らされないままだったが。  佑月は倉庫で何かをしていた際に、偶発的にパイプが倒れ、その下敷きになったのだろうと思っていた。  倉庫内での事故にしろ、倉庫の持ち主側に過失がないか等を調べるために、刑事が自分の元に訪れることに何の疑いもなかった。そのため、まさか〝人〟が関連してくるとは思ってもみなかったのだ。 「一本七キロもあるパイプが自然に倒れるなんてことは、滅多にないだろうな。しかも狙ったかのように、お前に倒れてきた。人の手によるものだと考えるのが自然だ」 「だとしたら、俺……下手したら死んでたかもしれないんですね……」  まさか自分の命が狙われていたなど、佑月は思いもしていなかった。  確かに何でも屋の依頼内容によっては恨まれることもあり、身の危険を感じたことはあった。しかし、実際に怪我を負わされたり等はなかったため、佑月はその事実に恐怖で全身が震えた。 「佑月、何度も言うが、お前は何も心配しなくてもいい。〝これ〟も直ぐに解決する」  佑月の腕を労るように(さす)り、真っ直ぐに見つめてくる須藤の目はとても頼もしく優しい。  何の根拠があるのかは分からないが、須藤の堂々とした揺るぎない自信が、佑月の不安を少し取り除いてくれていた。

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