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第34話

「あ、兄貴が謝らないで下さい! 兄貴は何一つ悪くないんですから。兄貴の記憶がなくなったって聞いて、美月さんから混乱させるから今は止めとけってことも散々言われました。でも、それでも会いたかったんです。本当に無事で良かったと、この目で確かめたかったんです」  自分が押し掛けて来たのだからと、岩城はひたすら佑月に頭を下げた。  岩城との出会いは、颯からの紹介ではなく、とある依頼で知り合ったようだ。そしてそこに、あの須藤が関わっていたようで……。それには佑月も驚いたものだった。  その出会いがきっかけで岩城は佑月を慕い、兄貴と呼ぶようになったそうだ。  そう呼ばれることに妙に気恥ずかしいものがあったが、岩城の人懐こい性格のお陰か、佑月は直ぐに打ち解ける事が出来た。 「あのさ、颯らに訊きたい事があるんだけど」 「なんだ?」  颯は佑月のためにお茶を入れて、手渡してくれるのを有り難く受け取り、先ず口を湿らせた。 「うん、あの……須藤さんのことだけどさ。あの人って一体何してる人なんだ?」  颯と岩城は、同時に顔を見合わす。何か躊躇しているような、そんな雰囲気の二人に、佑月は訊いたことを少し後悔し始めた。  やはり須藤という男はやくざなのだろうかと、佑月は少し頭を抱えたくなった。  なぜそのような男と友人になどなったのか。会話が弾むような人間には見えないのにだ。 「赤坂や銀座、六本木にある高級クラブは、ほぼ須藤さんの店だ。それと不動産業界やらと、あらゆる業界にも手を広げててさ、顔の広さも尋常じゃないんだよな」 「……スゴい」  佑月の口からため息がもれる。本当に別世界で生きる人間だということをしっかり認識してしまうと、やはり自分との接点が皆無だということが浮き彫りになる。ただ、やくざではなかったことが佑月にとって何よりも安堵出来た。 「それってとんでもなく多忙な人ってことだよな……」  それはほぼ独り言のような呟きだったが、颯は大きく首肯した。 「あぁ、恐らく秒単位で動いてると思う。それなのに仕事でミスしたとか聞いたことねぇし……。だから周囲の人間もミスは許されねぇみたいな空気があるんだよな。オレなら絶対ついていけねぇよ」  颯は外国人のように両手を広げて、首を振る。その横で岩城も大袈裟な程に大きく頷いていた。 「そんなに忙しい人がわざわざ見舞いに来てくれるって……」 「須藤さん、もしかして今日も来てくれたのか?」  少し驚いたような顔を見せる颯に、佑月は頷く。 「うん、午前中に。ほんの五分かそれくらいだったけど。そんな話を聞いた後じゃ、何か申し訳なくてさ……」 「いや、それは気にしなくていいんじゃね? あの人だって心配でたまんねぇだろうし、一日に一度はユヅの顔見たいと思うしさ」  颯がスラスラと話す内容に、佑月の眉が少しずつ寄っていく。顔が見たいからと言って、秒単位で動く人間がわざわざ見に来るようなものなのだろうか。恋人じゃあるまいし、同性の友人に対して、颯の表現に佑月は少しの違和感を覚えた。 「俺と須藤さんってさ、どんな関係なんだ?」 「関係か。そうだな……特別って言った方がいいのかもな」 「特別?」  颯は少し悲しげに目を伏せながらも頷いた。  その傍らでは、岩城も同じように目を伏せている。そんな二人の表情も妙に気になるところだが、やはり忘れている自分が悪いのだ。  そんな顔をさせてしまう、自分の状態を悔やんだ。 「何て言うのかな。ユヅらは、どちらかが欠けたらきっと深い絶望に堕ちるだろうな。もしユヅを亡くすような事があればと考えただけで怖い……」  

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