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第35話

「深い絶望って……。確かに俺だって颯や大切な友人を亡くしたら絶望するけど。何か颯らしくない表現だよな」  颯はいつも飄々としながらも、周囲を明るくさせる太陽なような男だ。だからなのか、余計にそんな男から発せられる言葉の重みといものが、妙に浮いて聞こえた。 「オレらしくないか……。でもさ、ユヅ達の関係は一言では表せないというか。強いて言うならば、お互いの命を預けられる関係なのかもな」  更に重くなった。颯らのような気軽さはないが、関係性の深さが窺える。 「命をって……まさか、俺ヤバいことしてたりする? だってその言い方だと、なんか友人というより、仕事のパートナーみたいにも聞こえるし」 「いやいや! そういう意味じゃなくて。うーん何て言えばいいのか、お互いがそれくらいに大事だってこと! あと、仕事のパートナーではないから、そこは安心していい」  また颯は気になる一言を漏らした。  〝安心していい〟とは、普通は使わない。健全な仕事であれば、手伝いだって出来る。  しかし高級クラブの手伝いとなれば、佑月とて安易に関われるような世界ではないが。  佑月の中でモヤモヤとすっきりとしないものが巣食う。 「とにかく、今はあまり深く考えるなって。まぁ、これだけは言っておくけど、須藤さんはユヅに関してはめちゃくちゃ大事にしてるし、決して裏切らない。それは断言出来るから」 「そっか……。ありがとう」  職業等は明確になったが、須藤との関係性がますます分からなくなった。  しかし、忘れてしまった佑月が悪いのだ。空白の中の須藤との関係を気にするよりも、これからの須藤との付き合いに目を向けた方がいいのかもしれない。  須藤とは颯らのように、冗談などを言えるような間柄ではないし、緊張感は高まる一方だ。しかし須藤といると、ふと何か安らぐ瞬間があるのだ。  それが何故かは分からない。だがきっとそれは、今は眠っている佑月の記憶(こころ)が須藤を受け入れている証拠なのではと感じた。  嫌な人間ならばその様には感じないだろうから。だから今の状況を少しずつ受け入れて行こうと、佑月は秘かに思った。  颯らが帰った後、暫くして昨日の刑事二人がやってきた。 「いやぁ、驚きましたよ。まさかこんな豪華な部屋へ移られていたとは」  年嵩の刑事、確か上村と名乗っていたかと、佑月は記憶を手繰り寄せる。少し軽薄さを感じさせる上村は、物珍しそうに部屋を見渡している。 「しかし失礼ながら、こちらの部屋は相当に値が張ると思うのですが……」  正直な男だ。佑月の収入では、到底こんな部屋は無理だと言いたいのだろう。 「ここは、友人の取り計らいで部屋を移らせてもらいましたので」 「……なるほど、ご友人ですか。何とも親切なご友人ですな」  上村はそう口にしながら、何かを探るように佑月を見る。そう、まるで何か含みがあるような。 「そうですね……。今日は何を?」  何か嫌な気配を感じた佑月は、話題を変えることにした。 「いやね、成海さんに少しお訊きしたいことがございましてね」 「訊きたいことですか?」 「ええ」  勿体ぶってないで早く言えばいいものを。夜寝られなかったことで、ようやく眠気が訪れてきたというのに。佑月はため息を吐きたくなるのを堪えた。  

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