36 / 198

第36話

「成海さんには沢山のご友人が見舞いに訪れていらっしゃるようで。その中に、背が高く上等なスーツを着た、三十代半ばくらいの男も出入りしていると聞きましたが、お知り合いですか?」  上村は直ぐに帰る意思がないことを伝えるように、ベッドサイドの椅子に腰を下ろした。その後ろでは二十代の土居と名乗っていた刑事は、どこかボーッとして佑月を見ている。 「三十代半ばの男性?」  それならば、須藤しかいないが。勝手に名前を出すことは憚られるため、敢えて佑月は問い返した。 「あぁ……回りくどい言い方しない方が宜しいようですな。須藤仁という男です」  思っていた通りの名を出されるが、佑月はなるべく無表情を装った。 「須藤さんがどうかされました?」 「どういったご関係ですか?」  刑事の目付きというのは、どうしてこうも人を不快にさせるのか。深部まで探ろうとする目。刑事として必要なものだとは理解しているが、どうも自分が悪者にされた気分になり、佑月の不満は増していく。 「関係? すみませんが、今回の事と、その須藤さんとは何か関係があるんでしょうか?」  そう佑月が訊ねると、上村の片眉が少し上がった。 「いえ、ないですな」 「だったら答える義務はないですよね?」 「そうですな」  あっさりと引いてくれたと安堵しかけた佑月だったが、上村は少し同情めいた顔で佑月を見る。 「何ですか?」  それが気に障った佑月は、上村を少し睨むようにして言う。 「あの男はとんでもない怪物であることをご存知ですか?」 「……怪物?」  上村の後ろで土居という刑事は、複雑そうな顔で佑月と上村の顔を交互に見ていた。 「えぇ。私らも随分とあの男には振り回されてましてね」  芝居じみた口調だが、内面には苛立ちというより、少しの憎しみのようなものが含まれていることを佑月は感じた。だがこれ以上は聞きたくないとばかりに、佑月の頭痛は酷くなっていく。 「……怪物であろうと、何であろうと、俺には一年分の記憶がないようなんです。知り合ったのもその間のようですから、あの人のことで何か聞き出そうとしても、何も答えられないです。あの、少し寝たいのですが、もう宜しいですか?」  佑月は上村らから顔を背けるようにして、目を閉じた。 「そうですね……。申し訳ない」  上村が腰を上げる気配がする。随分あっさりと引き下がるものだと佑月は怪訝に思ったが、一切二人には顔を向けず、目を開けることはしなかった。 「このまま記憶が戻らない方が、よろしいかもしれませんな」 「か、上村さん」  嫌味を含んだ物言い。土居が咎めるように上村の名を呼ぶと、上村は鼻息を大きく鳴らしてから部屋を出ていった。土居は小さく佑月に謝り、そそくさと病室を後にした。  静かになった部屋で、佑月は大きく息を吐き出した。せっかく空白の時間の須藤のことは、気にしないでおこうと思ったばかりであったのに、上村のせいで佑月の中に黒い染みが広がりつつあった。 ──須藤さん、貴方は一体、何者なんだ……。

ともだちにシェアしよう!