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第37話《Background》
◆
最後の書類に目を通し終わった絶妙なタイミングで、須藤の執務室である扉がノックされる。須藤が入室の許可を伝えると、真山が扉を開けた。
飄々としながらも、隙を一切見せることはない、中国随一の帝王、泰然が入ってくる。
「わざわざ悪かったな」
「いえ、須藤さん貴方が動くと目立ちますからね。私は〝紛れる〟ことを得意としてますし、貴方がお呼びならいつでも馳せ参じますよ」
真山にソファを勧められた泰然は、律儀に頭を下げてから腰を下ろした。そして持参したノートパソコンを開く。
須藤が泰然の対面のソファに腰を下ろすと、泰然は須藤に画面が見えるよう、パソコンの角度を変えた。
「この男です」
画面に映る若い男は、帽子にサングラス、マスクと悪目立ちするような格好をしている。
そしてその画像に並べるように映し出された一人の男。整った顔立ちをしており、佑月とは全くタイプが違うが華やかさがあった。
「ご存知ないですか?」
「知らんな」
泰然の問いに須藤が即答すると、泰然は僅かに笑う。興味の無いものには、とことん興味を示さない。まさに須藤らしい返答だと、泰然は内心で感心したのだ。
「一応、いま最も人気のある俳優〝支倉恭平〟なる人物なんですが」
「支倉恭平。なるほどな」
「あれ? 名前はご存知で?」
「まぁな」
須藤はつい先日のことを思い出す。佑月と【雅】へ訪れた時、ねちっこくまとわりつくような視線を須藤は感じた。それだけなら全く気にしなかったのだが、その中に憎悪が含まれていたため、無視出来なかったのだ。
須藤一人の時ならば放っておいた事だが、あの時は佑月がいた。そのため、牽制のために須藤は振り返った。
相手の姿を見ることは叶わなかったが、女将に来客全ての名前を聞き、頭に入っていた名前がいま泰然によって明かされ、合致したということだ。
「なるほど。この男は須藤さんに気があるんでしょうね。だから成海さんが狙われた……あ、すみません」
須藤の空気が少し下がったことで、泰然は失言を詫びた。気があろうがなかろうが、佑月を巻き込んだことへの須藤の怒りは計り知れない。
「それで?」
「はい。この男の父親が支倉 正親 と言えばお分かりだと思うのですが」
「あぁ。光芸能プロダクションの社長だ。何度かうちの店にも顔を出していたな」
泰然は鷹揚に頷く。
「日本の芸能界では最大手ですね。その正親と朱龍会の関係はご存知でしたか?」
「朱龍会?」
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