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第39話《入院三日目》

◇  佑月の最近の楽しみは、多忙な中で見舞いに訪れてくれる、メンバーや颯、岩城らの顔を見ること。皆に悪いと思いつつも、やはり顔を見せてくれるととても嬉しくなる。  そして馴染みの友人以外にも、佑月の楽しみが増えたことがある。それはリハビリの時間だ。  療法士の村上とは、歳が近いこともあり、些細な内容でも会話が良く弾むのだ。 「そう言えば成海さん、東野先生の『桜』読みました?」 「はい、読みました。最後の展開は全く読めずに泣かされました」 「ですよね! あの先生の書く話は決してオチを読ませない。そしてその最後に納得させられる。本当に素晴らしい作品を生み出される」  佑月は同意を込め、頷いた。辛いリハビリを明るくサポートしてくれる村上には、佑月も大いに感謝をしており、自身も頑張ろうという意欲にも繋げてもらっている。  外の空気はどんなだとか、自身に起きた日常の話を面白おかしく話してもくれ、少し動かすだけで苦痛だった頭も腕も、リハビリと内面的なサポートのお陰で幾らか楽にもなった。  また午後からのリハビリにと、部屋を出ていった村上と入れ替わるように、須藤が姿を見せた。  先ほどまでの和やかな空気が一変し、佑月の表情は硬くなる。 「昨夜は寝られたのか?」  須藤は佑月に問いかけながら、ベッドへと近付いてくる。  佑月は須藤を直視することが出来ない上、答えることも出来ずに、ただ俯いた。昨日の刑事の言葉が佑月の頭から離れてくれないのだ。  警察が一個人の名前を知っているなど、何かしらマークされるような事があるからだ。  その上、警察に〝怪物〟と呼ばれるなど、悪いイメージしかない。だが、そんな須藤と佑月は友人だった。  記憶を失う前の自分は一体どうしたのかと、佑月は自身に問いたい気持ちだった。  それとも須藤の事をあまり知らずにいたのか。しかし素性がはっきりと分からない人間と、一緒に住むような事は絶対にないと言い切れる。では何故なんだと、再びぐるぐると思い悩むことになる。 (いい加減、疲れてくる) 「すみません……須藤さん」  ベッド脇の椅子に腰を下ろした須藤が、目で先を促す。須藤が腰を下ろす前に言うべきだったと、佑月は少しの焦燥に駆られながらも口を開いた。 「せっかく来て頂いたんですけど、やっと眠れそうなんです。だから……」 「あぁ。気にせずに寝たらいい。俺も五分したら帰る」  須藤はそう言い、立ち上がる気配を見せない。たった五分という短い時間のために、多忙な須藤が時間を捻出し、見舞いへ訪れてくる。  僅かに胸が痛む想いがあるが、今は出来るなら自身の気持ちが落ち着くまでは、顔は見たくない気分だった。  その時、目を閉じる佑月の前髪に、何かが触れるものがあった。直ぐにそれが須藤の指だと分かる。  こうして佑月に触れてくる須藤の指は、驚く程に労りと優しさが籠っている。とても〝悪人〟とは思えない。  そしてやはり身体が須藤を覚えているのか、馴染むものを感じ、それが不快どころか、当然のように安心と言うものを感じている。 「ん……」  寝入るふりをして首を僅かに振ると、須藤の指が離れていった。  そして須藤は本当に五分ほど経った頃に、病室から出て行った。その後ろ姿を佑月はこっそりと窺ったが、相変わらずどっしりと広く、様々なものを背負(しょ)って立つ男の中の男の背中……。 「……相変わらず?」  どうしてそう思ったのか。佑月自身が分からぬまま、そのまま漸くと深い眠りに落ちていった──。

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