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第40話
──ここは何処なのか。周囲は暗く、寒々としているのに、身体は何か温かいものに包まれている。それが酷く安心出来るもので、佑月はそこに頬をすり寄せていた。
そんな佑月を更に安心させるかのように、頭に何か温かいものが触れた。それが手だと直ぐに分かった。まるで慈しむような、優しい手つきで髪を撫で下ろされ、佑月の心は至福で満たされる。
『**』
そして自分の口から相手の名前を呼びかける。しかし何故か自分の耳にもその音が入ってこず、靄がかかったようだった。それでも相手にはちゃんと聞こえたのか、頬に指を滑らせて応えてくれた。
『****』
相手の声も佑月に何かを語りかけてきている。何を言っているのか分からないのに、とても甘い囁きだと分かり、佑月の顔は幸せでほころんだ──。
そっと目を開けると、あれは夢だったのだと知る。須藤が帰った後に、眠った間に見た夢。佑月は病室のベッドの中で、両の眼から溢れる雫をそのままに、染み一つもない天井を見つめた。
あれは誰だったのか。とても大切にされ、そして佑月自身もその相手を大切にしていた。まるで深く愛し合っている恋人同士のような。
そんな相手はいないのに、辛いこの状況で見せた自身の願望だったのだろうか。
きっとそうに違いないと佑月は思ったが、ふとそこで違和感を覚えた。あの夢の中の自分。男であるはずの自分が相手を守るのではなく、守られていたように佑月は感じた。
温かいものに身体を包まれていたと感じていたものは、相手に抱きしめてもらっていた。佑月が抱きしめているのではなく。しかも女性のような柔らかさや、華奢さなどは感じなかったように思った。それなのに妙に佑月の身体に馴染んでいた。
「……俺ってそういう願望があるのか……?」
リハビリのお陰でスムーズに動くようになった右手で涙を拭いつつ、自身の願望というものに少しショックを受けた。
恋人は大学時代にいたが、今はフリーのはずだ。しかしもし彼女がいるならば、守るのが男だと思っている。それを夢の中の自分は、まるっきり正反対で、すっかり甘えきっているものだった。
「思ってたより、かなり弱気になってるのかもな……」
突然こんな大きな怪我で入院することになり、その上に記憶がないとくれば、メンタルも弱ってしまっているのかもしれない。
実際、思い出せない一年の記憶は、佑月にとっては大きなストレスにもなっている。だから仕方ないのだと自身に言い聞かせた。それに所詮夢なんだと。
昼食を食べた後、暫くして看護師が佑月の身体を拭きにやってきた。頭を動かしても、昨日までの激痛が治まった事が分かると、四十代半ばと思しき女性看護師は良かったと嬉しそうに、佑月の上半身を起こすのを手伝った。
「シャワーが出来ないのは辛いですよね」
「そうですね。早く身体も思いっきり動かしたいですし」
「分かります。ストレスも溜まりますもんね。でも頭が動かせるようになったので、導尿の管もそろそろ外そうと思いますので、お手洗もご自分で行かれることが可能になりますよ。でも初めてお手洗行かれる際は、ナースコールでお知らせくださいね」
「はい」
これで煩わしい管が一本減ることと、動きの制限が少しずつ解かれていくことに、夢見が悪かったことも含めて、佑月の心が少し軽くなった気がした。
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