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第41話《Background》※暴力シーン

◆  都内から離れた山中に、ひっそりと佇む廃墟。周りは鬱蒼としており、真っ昼間であっても周囲の空気は冷たく、不気味でさえもある。  何の建物だったのか分からない姿に変えた三階建ての建造物は、壁も剥がれ、所々に鉄筋の骨組みが露わになっている。もしここを訪ねる人間がいたとしても、廃墟から時折聞こえる呻き声に恐怖し、逃げて行くだろう。  須藤は廃材の上に腰をかけ、長い足を組んだ。煙草を口に咥えると、傍らに立つ真山が火を差し出し、須藤は葉を焼いた。 「うぅ……う」  一階の天井から吊り下がる太い鉄製のチェーンが、男の動きに合わせて軋音を立てる。両手はそのチェーンで、自由を奪われている。口には布を噛ませられている男は、必死に須藤へと何かを訴え、呻いている。  須藤は短くなった煙草を靴底で踏み潰すと、廃材からゆらりと腰を上げた。 「何故ここにいるのか、分かってない顔だな」  背筋が凍り付くほどの冷酷な目。その目に当てられた男は、殴られたために腫らした顔を、恐怖で引き攣らせていた。 「俺の唯一に手を出した。こう言えば分かるか?」 「うぅん……うーうぅ」  顔を赤くして呻く男を、冷めた目で一瞥した須藤は、滝川に男の戒めを解くよう命令する。滝川は直ぐに男のチェーンと口元の布を外した。両手がチェーンから離れ男は、コンクリートの床へと勢い良く顔から倒れ込む。 「うっ……!」  痛みで身を捩る男の傍に須藤は腰を落とすと、髪を鷲掴み顔を持ち上げた。元は美しく整っていた顔が、今や見る影もないほどに腫れ上がっている。 「す……須藤さん……」 「これだけ顔が腫れていては仕事が出来ないな、支倉恭平。人気俳優らしいじゃないか」  重みが無くなったはずのチェーンが未だ軋むように揺れ、静かな廃墟の一室に異様な音となって響いている。 「もっとも、お前が支倉恭平であるならの話だが」 「……どう……いうこと……ですか……」  男がそう弱々しく呟いた時。 「ぎゃっ……!」  須藤は腰を上げた流れで、男の顔面をボールを蹴るかのように蹴り上げた。蛙がひしゃげたような悲鳴が上がる口から血飛沫が飛び、男はコンクリートの床を勢い良く転げていく。 「どうだ。今ので思い出したんじゃないのか?」 「な……なに……」 「まだとぼけるのか」  須藤は横臥状態の男の顔を、靴底で容赦なく踏み付ける。 「ぐっ……」  このまま頭部を潰してやろうかと、須藤の足先に力が加わる。殺してやりたいが、それはある意味男に安らぎを与えることになる。生き地獄を味わわせてやらなければ意味がない。須藤は踵で男の側頭部を踏み潰しながら、自身を落ち着かせるために煙草を口に咥えた。  真山が再び素早く火を着け、須藤は肺に目一杯に煙を吸い込み吐き出す。 「お前は支倉恭平ではない。〝凌平〟だ」  顔を踏みつけられ、震える男の身体がビクリと跳ねる。  泰然(タイラン)が面白い情報と言っていた事。それは今や人気絶頂の俳優である支倉恭平と、目の前の悲惨な状態になっている男が、同じ顔であるということ。すなわち支倉恭平は双子だという事実があった。  この事実は世間はおろか、芸能事務所の人間も知らないという。知っているのはもちろん親である事務所社長、支倉 正親(はせくらまさちか)と、その社長繋がりの朱龍会の若頭、桐谷 豪(きりたにごう)という男だけだ。しかも凌平は桐谷の養子となっている。

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