45 / 198

第45話《Backstage》2

「悪かった……凌平」  小さく呟いた桐谷の懺悔の声は、運転する若中にも聞こえたはずだが、口を挟まないようひたすら車を走らせていた。本当は凌平が何者かを聞きたいはずだが、若頭が何も言わないのであれば、下の者は詮索はしてはいけない事を心得ている。  もうすぐ目的の闇医者の家に着くという時に、桐谷のスマートフォンが着信を知らせてきた。画面には〝正親〟と表示されている。普段はあまりかけてこないのに、このタイミングは絶妙と言えるのか、はたまた最悪と言うのか、複雑な思いで桐谷は電話に出た。 「おう、久しぶり」 『豪、オレの所に凌平の手が届けられていた。ご丁寧にメモ書きまでしてあったぞ』  まさか、手を支倉家に届けるとは。桐谷のスマホを持つ手は、握り潰す勢いで握られる。これはもう、何もかも全て知っているぞというメッセージでしかない。桐谷はゾクリと背筋を震わせた。 「あぁ……それでいま、凌平を松本さんの所に運んでるところだ。意識はない。かなり惨い状態で、いつからこうなのか分からない」  切断面から推測すると、それほど時間は経ってないだろう。まだ命の望みはあると願うところだが……。 『お前、よりによって須藤とトラブルを起こすとはどういうつもりだ。お陰でこっちの生活は明日から悲惨な事になりそうだ』 「悪かった。それはオレの監督不行き届きだ。でも少しは凌平の心配もしてやれ」  桐谷は思わず責める口調で言う。支倉の言う通りに、明日からは平和に過ごせるとは思っていない。特にスキャンダルが命取りの芸能界では、今回の事件は恰好の的になるだろう。しかし少しは血の繋がった父親として、息子を心配するフリくらいしても罰は当たらないだろう。あまりにも凌平が気の毒だった。 『もちろんしてるさ。頭が痛い程にな』 「そうか……。ま、明日からはお互いに連絡を取り合うことも困難だろうからな。とりあえず潰されるなよ」  一方的に告げると桐谷は電話を切った。  桐谷に焦りと憤怒が湧き上がる。この双子の事実を知っているのは、支倉と兄の恭平と桐谷、そして組員で唯一信用している若頭補佐の湯浅だけだ。秘密が漏れることは決してないはずなのに、一体どこから漏れたのか。 「そう言えば湯浅はどうした? 今日は見なかったが」 「湯浅さんは……私は昨日から見てませんが」  目的地につき、車を闇医者の家の前につけながら若中は言う。 「昨日からだと?」  桐谷は怪訝に思いながら、湯浅の携帯へと電話を掛けた。 「……」  聞こえてくるのは〝現在使われておりません〟のアナウンス。桐谷の顔から血の気が引いていく。 「まさか……」 「頭?」  信じたくはない。だがこのタイミングで電話を解約しているのは、どう考えてもおかしい。普段の湯浅なら考えられないことだ。昨日居なかったのは、新たな仕事が入ったのだろうと思っていたが。  いつから桐谷を裏切っていた? それとも初めからスパイとして潜っていたのか?  いずれにしても須藤の持つ力は、底知れないという事を改めて思い知らされた。そして同時に強い憎しみが込み上げてくる。  大事な息子をこの様な目に遭わされ、到底許せるものではなかった。桐谷は凌平を慎重に運びながら、心に黒い闇を燻らせていた──。

ともだちにシェアしよう!