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第49話《Background》1
◆
須藤の執務室に泰然 が訪れている。ローテーブルを挟んだソファ席に、お互い対面して腰を下ろし、須藤は協力してくれた謝礼を泰然へと手渡した。
「どうも、ありがとうございます」
「いや、色々と助かった」
泰然がいなければ、犯人の手掛かりが見つかるまでに、こんなに迅速に事は運ばなかっただろう。どれだけ謝礼を渡しても足りないくらいだ。
「ついでと言ってはなんですが、今日は須藤さんに会わせたい者がいます」
「会わせたい者?」
「はい」
泰然は須藤へとにっこりと微笑むと、スマートフォンを手に取り、どこかへと電話を掛けた。二言三言話すと直ぐに電話を切る。
三分程経った時、執務室のドアがノックされた。真山がドアを開けると、一人の男が一礼をしてから中へと入ってくる。その男を見て須藤は眉根を寄せた。
「やはり、須藤さんはご存知ですよね」
泰然は相変わらずニコニコと笑みを崩さない。
「あぁ、朱龍会の若頭補佐をしている湯浅だな」
男は泰然が座るソファ席の後ろへ回ると、姿勢よく立った。まるで躾の行き届いた護衛のような立ち姿だ。歳は四十代半ばから後半。朱龍会の若頭、桐谷が最も頼りにしている男だ。
ずば抜けた頭脳の持ち主で、湯浅は若い頃から、桐谷に滅法気に入られていたようだ。そして異例の早さで若頭補佐まで上り詰めた。そんな湯浅がなぜここにいるのか。考えるまでもなく、答えは出ている。
須藤は湯浅から泰然へと視線を移した。
「〝元〟ですけどね」
泰然はそう言うと、背後に立つ湯浅だった男に指示を出す。男は短く返事をすると、徐ろに自身の顔へと手を持っていった。何をするのかと、須藤は男の行動に注視した。
耳の後ろから顔の皮を剥がすように、シリコンのような薄い膜が剥がれていく。そして露わになった顔は、湯浅とは全く似ても似つかない男だった。
たった薄皮一枚でこんなにも変わるのかと、須藤は正直驚いていた。
「彼は奕辰 と言って、私の腹心の部下です。朱龍会には約二十年ほど潜ってもらってました。まだ数名ほど潜っていますが、奕辰はもう朱龍会には戻る事はないです。若頭補佐が消えたので、桐谷も〝湯浅〟の裏切りに気づいたでしょうが、一生湯浅は見つかることはないですね」
「だろうな」
湯浅の顔は、彫りが深くハンサムな男だった。だが奕辰という男は、目は細くて唇は薄いのっぺりとした顔だ。同一人物だと見破ることは不可能だ。完璧な変装だった。
「これはうちが開発したマスクで、近くに寄られても、人工の皮膚だとは決してバレません。何度も着脱可能なのでかなり便利ですよ。しかもどんな顔にだってなれます。老若男女問わずに」
「本当に怖い組織だな」
「またまた。須藤さんがそれを言いますか」
泰然は愉快そうに笑うが、実際どれ程の人間が世界に紛れているのか、全く分からないことはとても怖いことだ。もしかしたら須藤の部下にも、紛れていることだって可能性としてはあるのだ。
「二十年も潜っていて、よく情が移らないもんだな」
「そんな人間はうちには一人もいません。万が一にもそのような事があれば、直ぐに分かりますので」
泰然は相変わらず笑みを絶やさない。片や奕辰は終始無表情だ。しかし泰然には忠実だということが、空気で分かった。
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