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第50話《Background》2

 同じ組織に何人も送っているのは、恐らくお互いに監視し合うことも含まれているのだろう。抜かりはなく、裏切りは死よりも辛い制裁が待っている。組織に身を置く者は全て、魂にまで深く刻み込まれている。裏切りは決して許されないと。 「奕辰(イーチェン)、須藤さんに説明を」  泰然の命令に奕辰はすぐさま短く返事をして、細い目を須藤へと向けた。 「もうご存知かと思いますが、今回の件は桐谷や支倉は何も関知しておりません。凌平独自に動いていました。桐谷はかなり凌平を可愛がっています。ですので、今回のことで桐谷はかなり頭にきているでしょう。一方の支倉家ですが、実父である正親は、恭平を溺愛していますが、凌平のことは駒の一つとしか考えてないようです。時々桐谷が不満をこぼしておりましたので」  淡々と話す様は、私情というものが一切混じっていない。良く出来た部下だと須藤は内心で思う。 「なるほど」  単独で動いていた事は、ずさんな行動で直ぐに分かることだが、桐谷が凌平を可愛がっているという情報は、知る由もなかった。  あとは実父に蔑ろにされていたいう情報は、須藤にとっては全く無意味なものだった。あの時、凌平自身も何やら訴えていたが、凌平の境遇がどれだけ世間では同情され悲惨なものであっても、須藤の心は何も動かない。だがそこに佑月が関わると、相手がどんな人間であれ、潰す。佑月にだけ須藤の心は大きく動くのだ。 「更なる報復があるかもしれんと言うことだな」  面倒な種があったものだと、須藤は内心で焦燥を募らせる。自分が標的になるならいい。だがまた佑月が狙われることになると考えただけで、腸が煮えくり返った。 「須藤さん、成海さんのことは我々からも警護をつけさせてもらいます」  須藤の心中を慮った泰然の言葉。しかし須藤は緩く首を振った。 「有難いが、佑月のことはこちらでしっかり護る」  どれだけの人数を割いてでも、佑月のことは自分の身内で護りたい。その強い思いが伝わったのか、泰然は鷹揚に頷いた。 「そうですね。愛する人は自分の手で護りたいものですものね。分かりました。でも、何かあれば直ぐに仰ってください。協力はいつでも惜しみませんので」 「あぁ、恩に着る」  泰然らが帰ると須藤は、真山に病院の警護を強化するよう手配させた。  一人になった執務室で、須藤はいつもの癖で内ポケットに手を差し入れていた。目的の物が手に触れず眉を寄せたが、そこで今は禁煙を始めたことを思い出した。  佑月の記憶が少しでも戻るようにとの願いで始めた。元々佑月は、須藤が煙草を吸うことにいい顔はしていなかった。だからこの機会にやめようという思いで始めたが、今では佑月の記憶のことで頭の中は占められていた。自分がやめられたら、佑月の記憶も必ず戻るのだと。 「佑月……」  小さく佑月の名を呼び、暫く須藤はソファの背もたれに頭を預け、目を閉じた。  退院するまでは、佑月の見舞いに行くのは控えた方がいいだろう。ほんの少しの火種も持ち込みたくない。そして佑月自身のためにも、今は距離を置いてやった方がいい。最後に顔を見たときは、明らかに須藤を拒否していた。刑事が来ていたようだから、余計な事でも吹き込まれたのだろう。  佑月の顔が見れないことは、須藤にとって辛いことだが、退院するまでの辛抱だと自身に言い聞かせた──。

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