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第51話

◇  芸能人の支倉恭平の騒ぎや、刑事から事件の打ち切りを知らされたあの日から二週間。佑月の体調はみるみると回復していた。怪我の方も骨折したところ以外は、もう痛み止めを飲まなくていい程に回復している。外に出歩くことも、自分の足が使えることに喜びを隠せない。 「今日もいい天気ですね」  隣を歩く村上がにこやかに言えば、佑月は同意を込めて頷く。リハビリを兼ねた中庭での散歩。月も跨ぎ、風薫る五月は初夏の爽やかな風が、佑月の白い肌を撫でていく。都会の中とはいえ、院内の独特な空気よりは新鮮に満ちている外の空気。それを肺の中へと目一杯吸い込むが、佑月の気持ちは少し曇りがちであった。 「成海さん……何か気掛かりや、不満があれば遠慮なく言ってくださいね」 「不満だなんて、そんなの無いに決まってるじゃないですか。先生や看護師さん、そして村上さんには、これ以上にないくらいに良くして頂いてるのに。どうしてそんな事を?」  曇りがちとは言っても、あからさまに態度には出していないはず。それなのにどうしてと佑月は素直に驚いていた。 「お気付きになってないようですが、時々ふと、ため息を吐かれたり憂いた表情になったりと、何か気掛かりでもあるのかと心配で。僕で良ければ医者だとかリハビリ師だとか考えずに、一個人として相談でも何でもしてください。いつでも時間を空けますので、遠慮なく言って欲しいです」  ずいぶんと熱心で親身に溢れている。それが上辺だけの言葉ではない事が、佑月にもよく伝わってくる。それだけに一患者である自分のために、煩わせる事は申し訳ないと、佑月はゆるく首を振った。 「ありがとうございます。もし何かあれば直ぐに相談します」  佑月がそう言って微笑めば、村上は少し残念そうな顔を隠さず、渋々と頷いた。  無意識のうちに吐いていたため息。いや、無意識ではなかったのかもしれない。実際、モヤモヤとスッキリしないものが胸を巣食っている。その原因は須藤だ。  実は刑事が来る前日から須藤は一度も顔を見せていないのだ。あれだけ忙しい合間に五分だけと顔を見せていたのに、それが嘘だったかのようだ。  そうさせたのは恐らく佑月のせいだろう。最後に須藤が訪れて来た時に、冷たい態度で佑月は接していた。見舞いにわざわざ訪れてくれている人間に対して、そんな態度では誰でも愛想を尽かしてしまう。  疑心暗鬼になっていたとはいえ、あの態度はなかった。だから謝りたい。電話をすることも考えたが、多忙な相手に突然掛けることは憚られた。どうするべきかと悶々とし、今日にまで至ってしまっているのだ。 「成海さん、そこのベンチで少し休んで、指のマッサージしましょう」 「あ、はい」  村上の手が佑月の背中へとそっと当てられ、まるでエスコートするようにベンチへと促される。温かく爽やかな笑顔の村上に顔を覗かれ、佑月は再び出かかっていたため息をどうにか飲み込むことが出来た。  今は治療に専念だ、と……。 「退院おめでとうございます!」 「おめでとうユヅ」  陸斗、海斗、花、そして颯と岩城が心からの安堵の表情を浮かべ、ベッドに腰をかける佑月を囲む。 「ありがとう。みんなには本当に沢山迷惑かけたね……。これ以上にない程にも助けてもらった。感謝してもしきれない。本当にありがとう」  佑月はベッドから腰を上げると五人に頭を深く下げた。 「ユヅ、やめろって。当然のことだろ? 突然不便を強いられたのはユヅなんだから。本当、一時期はどうなるかと……ユヅが無事にこうして退院出来ることがオレらは嬉しくて仕方ないよ」 「そうですよ。本当にあの時は生きた心地がしませんでした」  花は当時を思い出したのか、うっすらと目に涙を浮べる。 「ありがとう、花ちゃん」  佑月は花の腕を感謝の意も込めて、宥めるように触れた。一年の記憶は相変わらず戻らないが、花たちの付き合いの記憶は消えていない。その失った間の花のことは知らないが、変わらず感情豊かで優しい花を見て、佑月も安堵していた。

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