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第52話

 当初は一ヶ月の入院と言われていたのだが、若い事もあり回復が早く、一週間早く退院する事が出来たのだ。世話になった看護師や医師に挨拶周りをしていると、村上がすかさず佑月の元へと来てくれた。退院してもリハビリで世話になるからと改めて挨拶を交わし、皆に見送られながら院内の外へと出る。  須藤は結局、一度も顔を見せなかった。退院することも知らないかもしれない。  佑月は須藤と同居しているらしいが、肝心の須藤がいないのでは戻る家がない。颯に頼んだが、何故か心配しなくてもいいと、具体的な事を言わず流されてしまったのだ。そうなると颯らに頼ることが出来ない。  とりあえずこの後は、ビジネスホテルかネットカフェに向かうしかない。そして今後の事を考えねばと、陸斗たちに預けている荷物を受け取ろうとした時、不意に目に入った物に佑月は釘付けとなってしまった。  普段の街並みで、そう頻繁に見かけることはないであろう黒塗りの車体。ピカピカに磨かれた車体に、射し込む陽の光でより一層輝きが増している。車好きである佑月は高揚感を隠せなくなっていた。 「凄い……。あんな車、一度は乗ってみたいものだよな……」  呟く佑月に、陸斗らは様々に少し複雑な顔をしている。困惑と言えばいいのか、嬉しいと悲しいがまぜこぜになったかのような。どうしたのかと口を開きかけた時、音もなく静かに高級車が佑月の目の前で止まった。 「おぉ……」  佑月は思わず感嘆の声を上げる。病院の正面玄関ゆえに、誰かを迎えに来たのか、はたまた送り届けに来たのか。佑月が失礼のない範囲で美しいボディを視界に収めていると、運転席のドアが開き、男が降りてきた。 「あ……」  それは入院した日に一度だけ見たことがある男だった。たった一度だけ、それも数分しか会っていないのに覚えているのは、やはり彼も独特な空気を纏っているせいだ。一見冷たそうに見える男だが、佑月と目が合うと、眼鏡の奥のその目が少し柔らかくなる。 「成海さん、 ご退院おめでとうございます」 「……ありがとうございます」 「お迎えにあがりました」  そつなく後部座席のドアを開けられ、佑月は戸惑う。そんな佑月を放って、男はさっさと颯と陸斗に預けていた荷物を受け取ると、助手席に乗せてしまった。 「あの……」 「ほら、ユヅ。まだ身体は万全じゃないんだから、広い部屋でゆっくりと静養させてもらえよ」 「いや、そうじゃなくて……」  急すぎて何をどうすればいいのか整理がつかないでいると、開けたままになっていた後部ドアから、ゆらりと大きな影が動くのが佑月の目に入った。  上等な三つ揃いのスーツを身に着け、とんでもない程の色気と、うっかりと近づく事も赦されないような、危険な空気を纏う男が降りてきたのだ。

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