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第53話
「す……どうさん」
三週間ぶりに見る須藤が、佑月の傍へと距離を縮めてくる。圧倒的な存在感に気圧されるように、佑月の足が僅かに後退した。
「色々と世話になったな」
須藤が颯らにそう告げながら、自然な動作で佑月を引き寄せ肩を抱く。密着しすぎではと佑月が離れようとするも、それを阻むように須藤の腕の力が加わる。お陰で佑月の戸惑いは増すばかりだ。
「いえ須藤さん、こちらこそありがとうございました」
陸斗に海斗、花、颯が須藤に頭を下げる。一体何の礼を言っているのか。説明を求め、佑月は颯に視線をやったが、目が合った颯はニッコリと微笑むだけだ。
「行くぞ。身体は大丈夫か?」
「大丈夫ですけど……ちょ、ちょっと」
色々訊きたいこともあるのに、佑月は強引に車内へと押し込まれる。四人が正面玄関で、はちきれんばかりの笑顔で手を振っていた。
憧れの超高級外車、マイバッハ。本革のシートの座り心地から、広々とゆったりとした空間。運転席と後部座席は仕切られ、二人きりという空間が出来上がってしまい、今や乗り心地を堪能する余裕がなかった。
「ずっと顔を出せなくて悪かった」
「……いえ。須藤さんはお忙しい方ですし。沢山の配慮も頂いて……。それで入院費のこと……」
「堅苦しいな」
「え?」
話の腰を折られたことよりも、言われた意味が分からず佑月の眉が僅かに寄る。
「敬語は使わなくていい」
ついには佑月は、驚きで口を開けたまま放心状態になる。須藤からすれば佑月はまだまだガキのようなものだ。そんな相手に敬語を使わなくていいと言う須藤に、驚くなという方が無理な話だった。
「……無理です。前はどうだったか知らないですが、今の俺に貴方にタメ口なんて利けません」
この男とはどうしても、気安い間柄というものが自分と結びつかない。どれだけ周囲や須藤が〝そうだった〟と言っても、やはり記憶のない今の佑月には、結びつけることは難しいことだった。
須藤は一瞬何か言いたげにしていたが、直ぐに「そうか」と口にする。須藤の口調は淡々としていて感情が全く読めないが、本音ではいい気はしていないだろう。しかし今のこの機に、言うべきことは言っておかなければと、佑月は鼓舞するように拳をぎゅっと握りしめた。
「それと入院費のことですが、高額なんでやっぱり須藤さんにはちゃんとお返しします。時間は掛かってしまいますが」
「言っただろ? それは佑月が気にすることではないと。もう加害者から払わせた」
佑月の肩がピクリと動く。
「……加害者、ですか?」
「あぁ」
佑月は傍らの男に視線をやる。目が合った男の目は佑月から一切逸らされることがない。思わず視線を外したくなる程に須藤の目力は強い。仕事内容によっては、裏稼業の人間と接することが佑月にもあったが、ここまで手に汗を握る程に緊張するのは初めてだった。何も威嚇されているわけでもないのに。自分という人間を良く知っている男は怖いと、佑月はつくづくと実感する羽目になった。
「三週間程前に刑事が一人病院へ来ました。捜査が打ち切られた事をわざわざ俺に知らせるためにです。犯人を捕まえたわけじゃなくて、打ち切りと。それなのに何故あなたが犯人を知っているんですか?」
須藤から目を離さず佑月は毅然と問う。それが愉快だと言いたげに、須藤の口端が僅かに上がった。
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