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第55話
笑ったり慌てたり、自分はこんなにも感情に起伏があっただろうか。いま素直に会話が出来るのは、須藤の引き出し方が上手いのか、全てを受け止めてくれるのではと、そんな思いまで佑月は抱いてしまう。
「俺のことで頭の中を占められるのは、いい傾向だな」
「だから、占めてませんってば」
須藤の揶揄い半分の言い方に佑月はついそう言うが、須藤が来なくなった入院生活では須藤の事を考えない日はなかった。
しかしそれは自身の態度が悪かった事がずっと引っ掛かり、謝りたかっただけなのだ。それ以外に深い意味など無いのに。どうして須藤は、まるで自分のことを常に考えている事が、当然だというような言い方をするのだろうか。それも今後の付き合いで分かってくるのだろうが、やはり記憶の無い辛さで焦燥感は募っていく。
「俺は貴方に謝りたかったんです。忙しい合間を縫ってお見舞いに来て下さってたのに、あの態度はなかったです。不快な思いをさせて本当にすみませんでした」
佑月は須藤へと身体の向きを変え、やおら頭を下げた。その頭に大きな物が触れる気配。それが須藤の手だと分かった時、優しく撫でられる。
顔を上げると、佑月の鼓動がドキリと一つ跳ねた。須藤の目の奥に、佑月への労り、優しさがある中に、何かに対する剣呑さがあったからだ。
「お前が俺に詫びることなど何一つない。お前を見舞ってやれなかったのは、こちら側に事情があったからだ」
「事情……それが……」
須藤の真っ直ぐな目を捉えながら、佑月は教えてくれとその目に訴える。須藤は佑月の目を数秒見つめたのち、軽く頷くと事の経緯を説明し始めた。それは佑月を驚かせるには十分な内容だった。
「支倉恭平の弟が……」
今は少し落ち着きを見せているとは言え、人気俳優、支倉恭平の境遇問題は世間を賑わしている。支倉の弟は薬を売り捌き、犯罪に手を染めていると報道にあったが、証拠が何一つ出てこず、彼は今も捕まっていない。
そして今回の佑月の件も表には出ていないが、それがきっかけで、支倉恭平の双子の存在が明らかになったようだ。
須藤に関わる〝何か〟の力が働き、佑月の事は決して表に出さない。所謂 、警察の動きや、マスコミの動きも止めることが出来る裏の繋がりがあることを、須藤は正直に話してくれた。
支倉の弟に、どのような処置をとったかまでは須藤が話してくれることはなかったが、佑月自身もそれ以上は踏み込んで聞くことは躊躇われた。ただ自分が、あの騒動に関わっていた事など誰が想像出来たのかと、複雑な気持ちが胸中を占めていた。
「佑月、暫くはお前に警護を付けることになる」
「警護……」
須藤は徐ろに佑月の右手に大きな手を重ねてきた。
「いつもすまない」
真摯に詫びる声に、須藤へと顔を向けた佑月は驚いた。いつも能面のような男がこんな表情も出来るのかと。その一方で、須藤の深い自責の念というものが伝わり、佑月の胸までもが締め付けられる事になった。
それは警護を付けることになったことだけでなく、佑月の知らない一年という時を含めて言っている。非日常的な事が何度もあり、それらに佑月は巻き込まれていた。確証なんてものはないが、佑月はそうであったのではと感じた。
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