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第58話
「何かご不便や、要る物、して欲しい事など、何でも構いません。遠慮なくこの真山にお申し付け下さい」
「おい、お前の主 は俺ではなかったか?」
佑月が返事をするよりも前に、少し批難するような声音で須藤がそう告げると、真山は薄い唇の端を愉快そうに上げた。
「勿論です。ですが成海さんは特別ですので」
きっぱりと真山が言い切る。
「ほう……特別ね」
須藤の低い声。俄になんとも言えない空気が周囲を包み出す。明らかに須藤の機嫌はいいとは思えない。自分が原因で真山が叱責を受けるのではと、佑月は咄嗟に二人の間へと身体を滑り込ませた。
「真山さん、お気遣い頂き、本当にありがとうございます。もし何かあれば、須藤さんに相談してから頼らせて頂きますね」
これだけ豪華な部屋まで用意してくれているのだ。至れり尽くせりといった扱いを受けているのだから、はっきり言って真山の出番はない。しかし今はとりあえず二人の顔を立てる事が最優先だった。
佑月は真山に向けて白皙の頬に微笑を乗せた。その途端、何故か背後の空気が更に冷えた気がした。だが気のせいだろうと、佑月は感謝の意を込めて真山への微笑みを絶やさずにいた。
「成海さんは相変わらずお優しい方です」
感動したような様子の真山とは裏腹に、須藤の機嫌は更に悪くなったようで、明らかに苛立ちを感じさせるため息が吐かれた。
「もういいだろ、真山」
「……もう少しお話したかったのですが」
残念そうに、キリッと整った真山の眉が少し下がる。冷冷としているその表情が少し変わるだけで、人間味が見えてくる。美しい顔立ちということもあり、多くの人間を魅了するだろう。佑月は貴重な表情が見れたような気がし、得した気分になった。
「本日はこれにて失礼致します。どうぞ成海さん、無理は決してなさらず、ごゆっくりとご静養なさって下さい」
「ありがとうございます」
真山が帰っていくと、須藤はすぐに佑月の荷物を持ち「こっちだ」と促してきた。荷物を持たせている事が気になりつつも、スタスタと歩く須藤に佑月は慌ててついて行く。
通された部屋は、佑月が住んでいたアパートよりも断然に広い。白を基調としたインテリアは眩い程で、どれも高級品だと分かるデスクやソファ、ベッド等が置かれていた。
そんな豪華な部屋を前に佑月が感慨に耽 る暇もないのは、須藤の機嫌が先程から悪い事がどうにも気になったからだ。やはり内心では佑月の事が厄介だと思っているのではと勘ぐってしまう。
「ここがお前の部屋だ」
「え……あ……はい」
須藤が先に部屋へ入り、佑月の荷物を真っ白なソファへと置く。そして佑月へと振り返った須藤の眉が僅かに寄る。
「どうした、傷が痛むのか?」
こちらへと戻ってきた須藤は佑月の顔を覗き込む。心底に心配してくれている様子だ。佑月は咄嗟に首を振った。
「いえ……。なんでもないです。すみません」
きっと須藤なら、迷惑であればはっきりそう言うだろう。わざわざ自分のテリトリー内に面倒な物など招き入れない。どこから来る自信なのかは分からなかったが、そうなのではと感じる佑月がいた。
どの部屋も自由に出入りしてもいい、部屋にある物も全て自由に使ってもいいと言い残すと、須藤は一旦仕事へと戻って行った。仕事中に、わざわざ抜けてまで迎えに来てくれた。その面倒を思うと、申し訳なさと、感謝とで恐縮しっぱなしだった。当の須藤は「気にするな」と一言。完全に甘え切っているなと思うが、正直アパートが無くなってしまった佑月には助かっていた。
「本当に……ここで暮らしてるんだな……」
パソコンや私物がそれを証明しているが、やはり佑月にはピンと来ない。記憶が無いのだから仕方ないとは言え、愛用のパソコンなどを見れば、何かしら思い出すかと思ったが、何も掠りはしなかった。
佑月は須藤が帰ってくるまでに、何か思い出さないかと各部屋を見て回った。そして、とある部屋の扉を開けた時、佑月は思わず声を上げてしまっていた。
「うわ……でか……」
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